見もの・読みもの日記

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血塗られた維新/暗殺の幕末維新史(一坂太郎)

2021-02-08 19:44:05 | 読んだもの(書籍)

〇一坂太郎『暗殺の幕末維新史:桜田門外の変から大久保利通暗殺まで』(中公新書) 中央公論新社 2020.11

 私は高校で日本史を習わなかったこともあって、幕末維新に関する知識が、長く中学生(というより、ほぼ小学生)のレベルで止まっていた。そのため、明治維新は、大局的には平和のうちに成し遂げられたものと思っていた。幕末に日本各地で大規模な戦闘があったことを認識したのは、かなり大人になってからである。そして、旧幕府軍と新政府軍の組織的な戦闘とは別に、個人を狙った暗殺事件が頻発していたことも徐々に知るようになった。

 本書は、はじめに日本の暗殺史(蘇我入鹿、源実朝、織田信長!)を概観し、幕末の攘夷家による外国人暗殺および未遂事件を紹介する。その行きつく果てに、日米修好通商条約に調印し「国体を辱しめ」た大老井伊直弼が水戸浪士たちに襲撃された桜田門外の変が起きる。

 ここから延々と暗殺事件の紹介が続く。老中安藤信正の襲撃(坂下門外の変)、関白九条尚忠の家士島田左近暗殺(天誅第一号)、土佐の吉田東洋暗殺、本間精一郎暗殺(攘夷派の仲間割れ)、目明し文吉暗殺(島田左近の手下)、御殿山イギリス公使館焼討ち、足利三代将軍木像梟首事件、西洋砲術家の中島名左衛門暗殺、天誅組による五條代官所襲撃、将軍家茂暗殺計画、姉小路公知暗殺(初めての公家暗殺)、新選組の清河八郎暗殺、芹沢鴨暗殺、佐久間象山暗殺、井上聞多暗殺未遂(蘭医の処置によって一命をとりとめた)…以上は事例のごく一部に過ぎない。

 政治的な需要人物が狙われた事件もあるが、仲間割れが原因だったり、殺人そのものが目的に感じられるものもある。物見高い市井の人々も、一緒になって殺人ショーを楽しんでいたかのようで、さらされた首や死体のスケッチが多数残されていることを本書の図版で初めて知った。残酷絵とか血みどろ絵と呼ばれる明治の錦絵も、この延長線上にあるのだな。

 新政府誕生後も、イギリス公使パークスが京都で襲撃されたり、大学南校のイギリス人教師が神田で襲撃されたり、外国人殺傷事件が続いていることにちょっとショックを受ける。新政府高官では、横井小楠、大村益次郎、広沢真臣らが襲われ、明治6年(1873)には初代内務卿大久保利通が石川県の不平士族らに暗殺される。

 本書は、暗殺事件の犯人についても詳しく追及している。事件直後に判明した犯人もあれば、半世紀近く後になって「自分がやった」「犯人は誰々だ」という証言が得られたケースもあるようだ。幕末のテロ事件には、のちに新政府高官となる人々もかかわっており、伊藤博文は塙次郎(塙保己一の息子、国学者)を斬ったとされるが、後年、伊藤痴遊が糺すと「そんな古い事は、どうでもよいではないか」ととぼけたという。

 いまさらながら驚くのは、尊攘派テロリストの一部が靖国神社に合祀されていること。たとえば桜田門外の変で井伊直弼を襲った浪士たちだ。また、イギリス公使オールコックが滞在する東禅寺を襲撃し、斬られたり自決したりした12名の刺客たちも靖国に合祀され、顕彰のため贈位も行われている。なぜ?! ちなみに刺客と戦い、命を落とした警護の武士たちには何も贈られていない。あと、意外なことに清河八郎は靖国に合祀されているのだな。このあたりは「国家に顕彰される死」とそうでない死について、いろいろ居心地の悪い気持ちを掻き立てられる。

 そのシンボリックな対立が、井伊直弼と大久保利通だろう。井伊家の旧臣たちは、大久保が顕彰されるなら井伊も顕彰されるべきと申し出るが、もちろん太政官は聞き入れなかった。それでも徐々に高まる井伊顕彰ムードに対抗するように、浪士たちの靖国合祀が定められ、「桜田烈士五十年祭」が盛大に挙行された。すごいなあ。高崎正風は浪士たちを評して、全く国家のための行動で「一身の栄達を願ふとか、自己の利益を図るとか云ふ念慮は毫も無い」と述べているが、筆者が冷ややかに書いているように、無私無欲だから正しいというのは、テロ顕彰の常套句である。

 しかし国を挙げて半世紀前のテロリストを顕彰しているところに起きたのが大逆事件だった。明治44年、吉川弘文館から出版された『桜田義挙録』では、井伊直弼と幸徳秋水が、国体に逆らった者として同類視されているという。ここまで屁理屈が言えるものか。さすがに今の日本では、暗殺事件の心配は小さいけれど、権力に都合のよい暴力(言論を含む)が正当化され、そうでない暴力が非難される仕組みはあまり変わっていない。こういう屁理屈は、結局、社会の安全を脅かす害毒であると思う。


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