〇『塵封十三載』全24集(愛奇藝、2023年)
「当たり年」の感のある今年のドラマの中でも、比較的高い評価を得ていると聞いて見てみた。若い女性を狙った猟奇連続殺人を題材にした犯罪ミステリードラマである。
2010年のある日、南都市の家具展示場で、奇妙なポーズをつけられた若い女性の全裸遺体が発見される。現場にはHBの鉛筆が残されていた。捜査に当たった刑事の陸行知は、13年前の1997年、警察に就職した最初の日に出会った事件を思い出す。老街のうらぶれた写真館で、やはり奇妙なポーズの女性の遺体が発見され、そこにもHB鉛筆が残されていた。ここからドラマは、1997年と2010年の2つの時間軸で動き始める。
1997年の新人刑事・陸行知は、ベテラン刑事の老衛(衛峥嵘)とともに捜査に着手するが、すぐに第二の事件が起きる。第二の被害者・杜梅は、女手一つで育てていた幼い娘の安寧と一緒にいるところを襲われ、安寧は衣装箪笥の中に隠れて命を助かった。陸行知と妻の楊漫は、孤児となった安寧を引き取り、養女とすることに決める。陸行知は幼い安寧の挙動から、犯人がなぜか安寧のイチゴのぬいぐるみを持ち去ったことを知る。また、フクロウの面で顔を隠した人物を見たという証言を得るが、謎めいた断片的な証言ばかりで犯人の正体はつかめない。
刑事の老衛は、むかし白暁芙という女性と将来を約束していた。不治の病に犯されたと信じた老衛は白暁芙のもとを去り、彼女は別の男性と結婚して息子の張山山が生まれた。けれども白暁芙の結婚生活はうまくいかず、彼女は老衛に思いを寄せ続けていた。あるとき、白暁芙は連続殺人犯に襲われかけ、必死で逃げようとして車に跳ねられ、命を落としてしまう。冷静さを失った老衛は、容疑者のチンピラを執拗に追及し、かえって警察の信用を落とす結果となる。老衛は犯罪捜査から身を引き、警察の図書室で静かに暮らすことを選ぶ。その後、新しい事件は発生しないまま、月日が流れていった。
2010年の事件発生後、陸行知は「師父」老衛に協力を依頼する。二人は13年前の関係者を訪ね、再度、彼らの証言や関係を洗い出していく。2010年にも第二、第三の殺人事件が起きるが、犯人のやりくちが1997年の連続殺人と異なり、粗雑で暴力的であると二人は感じる。13年の歳月は警察の捜査方法を大きく進歩させていた。大学の研究員であった白暁芙が保存していた1997年の犯人の遺留物と、2010年の遺留物をDNA鑑定した結果、両者は別人であること、しかし非常に類似性が高く、おそらく親子ではないかという推定が下る。
【ネタバレ】1997年の犯人は白暁芙の夫・張司城であり、2010年の犯人は、父親に虐待され、残虐性を植え付けられた張山山だった。張山山は、自分と同じように家族に見捨てられた少女たちを、この世の責苦から解放するために殺害していた。老衛は、最愛の女性の忘れ形見を自らの手で葬り去る。
だが、本作の謎解きの真骨頂は、犯人が誰かよりも、なぜイチゴのぬいぐるみとか鳥のお面とか、奇妙な道具立てが必要だったかだろう。呉嘉(張山山の偽名)のパソコンからは「人間楽園」と題した絵画が発見される。ヒエロニムス・ボスの「快楽の園」だ。そこには、巨大なイチゴ、フクロウ、さらにサクランボの髪飾りなど、事件の鍵が全て描き込まれていた。そしてヒエロニムス・ボス(Hieronymus Bosch)がHBの正体だったのである。うわーこれはやられた!と思った。ただ、ドラマではヒエロニムス・ボスが別の名前に差し替えられていたのが不思議だった。何か実在の画家の名前を出せない事情があったのかもしれない。
本作は、犯罪ミステリーに加えて、陸行知と老衛それぞれの家族の物語、被害者の女性をとりまく男たちの欲望や葛藤が、13年の歳月の厚みとともに描かれており、人間ドラマとしても見応えがあった。陸行知の陳暁、古装ドラマの貴公子でしか見たことがなかったけど、洒落っ気の片鱗もない刑事役もなかなかいける。妻の楊漫は啜妮さん。『無間』の藍冰が好きだったので、また会えて嬉しい。1997年の映像は全体に冬服、2010年は夏服で変化を付けていたのは、視聴者の混乱を防ぐための工夫だろうか。なお、架空の南都市のロケ地となったのは重慶。重慶の風景は実にミステリーが似合う。