many books 参考文献

好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

食と文化の謎

2017-06-24 18:30:41 | 読んだ本
マーヴィン・ハリス/板橋作美訳 2001年 岩波現代文庫版
こないだ読んだ、丸谷才一の『青い雨傘』というエッセイ集のなかに、本書が紹介されていて。
>たちまち重版になつたのを見てもわかるやうに、じつにおもしろい。翻訳もいいなあ。(略)ヒマでヒマで困つてゐる人は、ぜひ御一読あれ。(p.220「牛乳とわたし」)
と、そこまですすめられたら読まないわけにもいかず、さっそく文庫買って、読んだ。
雑食動物である人間は、なんでも食うんだけど、食用可能なものでも、世界のある地域では好かれていても、ある民族は食わない、忌み嫌うといったものがある、それは何でかっていう話。
食文化とか伝統っていうんぢゃなく、そこのとこの理由を、コストとベネフィットの差引勘定によるものであるって説明を試みる。
狩猟採集者についていえば、最善採餌理論とかいう、捕獲採集に費やす時間に対して獲得できるカロリーの比率が最も高いものを捕まえるというセオリーがあるらしいんだが、牧畜なんかについてもそうだというわけだ。
インドで牛を殺さないのは、人と餌の穀物の競合がなくて、病気に強くてスタミナがあって農業のために効率よく働いて、ほかのどの動物よりも貢献してくれるからだという。
イスラムで豚を嫌うのは、反芻動物ぢゃないのでワラなど食わないから人間が食べられる穀物を分けてやらねばならないのと、暑さに弱いので人工的に日陰をつくって泥のなかでころげまわるための水も用意する必要もでてきて、とにかくずっとコストがかかるからだという。
インドにしても、イスラムにしても、宗教が関係してくるんだけど、そこんとこも、
>(略)宗教は、既存の有益な慣習にそった決定をひとびとがするよううながすばあいに力を獲得するのである(略)(p.97)
と、コスト‐ベネフィット関係をうまく説明するために、宗教のタブーは後づけされてるもんだと決めつける。
ほかにも、ヨーロッパで時代によって馬肉が食ったり食わなかったりされるのは、戦争に必要な優秀な馬が多く必要なときは、教会と国家が馬肉を禁止して、馬が増えて他の肉がへると禁止がゆるめられてきたからだという。
アメリカで牛肉の消費が増えたのは、育てるのにはトウモロコシをえさにやる豚と手間ひまに大差はなかったが、自宅の庭でのバーベキューと出かけたときのハンバーガーという消費形態の変化もからむとしている。
どうでもいいけど、ハンバーガーの規格は100パーセント牛でなければならないが、べつの牛の脂身を加えてもいいので、一番安い牛肉である痩せた放牧去勢牛の肉に、ステーキ用の太った飼育牛のそぎ落とした脂肪を混ぜることで、両方の牛の消費がうまくバランスとれてコスト下がるんだそうである。
あと、丸谷才一のエッセイにもあった、ヨーロッパ人とちがってアジア人は牛乳飲むと消化できなくておなかがゴロゴロする件については、中国ではスキ耕作に依存しない農耕だったので牛を飼わなかった、また羊やヤギも酪農用に飼う経済的必要性はなかったとしている。
ちなみに、ヨーロッパ人はカルシウムをとるために牛乳を消化する酵素をもっているが、それができない中国人は大量の濃緑色の葉物野菜を食用に使うことで栄養をカバーしているという。
章をおっていくと、だんだんヘンなほうに進んでいくんだが、昆虫についてもとりあげている。
もちろん、昆虫を食えというわけではなく、
>わたしは、ただ、少しでもましな説明を提示したい、と思っているだけだ。思うに、われわれはなんでも逆に考えている。(略)わたしたちが昆虫を食べないのは、昆虫がきたならしく、吐き気をもよおすからではない。そうではなく、わたしたちは昆虫を食べないがゆえに、それはきたならしく、吐き気をもよおすものなのである。(p.213)
と、けっこう冷静。
なので、ヨーロッパ人が虫を食べないのは、
>一定の収穫量に対する時間的、またエネルギー上のコストという点からみると、大部分の昆虫は、普通の家畜や多くの野生脊椎動物、無脊椎動物にくらべて非常におとっている。(p.229)
っていう理由にすぎないとしている。で、逆に熱帯地域に住むひとびとのなかで昆虫を食べる文化があるのは、大型脊椎動物を手に入れる機会が少なくて、食物品目の幅が広いからではないかという結論にいたる。
虫を通り過ぎると、こんどはペットの話になる。
>ある動物種がなぜ食べられず、そしてなぜ忌み嫌われる動物ではなくペットにされるのかは、一つの文化の、食料その他、有形、無形のすべてをふくむ全生産体系のなかにおける、それらの適合性のいかんにかかっているのだ。(p.252)
ということで、西欧人が犬を食べないのは、例によって、肉の供給源として効率が悪いからだという経済的な説明になる。
ペットのあとには、とうとう人間のはなしになるんだが、どうもこのあたりが、私はよく知らなかったんだけど、この著者である人類学者が異端扱いされる原因らしい。
ちなみに、とりあげる食材については基本的に肉なんだが、肉が食いたいってのは人間の本性なんだからってとこから、すべての議論はスタートしている。
>穀類が人類の主食になったのは、ほんの一万年前、農耕という生産様式をとりいれてからのことである。麦や米中心の食事は、肉中心の食事より、人間の本性にとって「自然」なものである、と主張する人は、文化にせよ自然にせよ、なにもわかっていない。(p.50)
それは賛成だな、牙のない肉食獣だ、人間は。
章立ては以下のとおり。原題は「GOOD TO EAT」、1985年の出版。
プロローグ 食べ物の謎
第一章 肉がほしい
第二章 牛は神様
第三章 おぞましき豚
第四章 馬は乗るものか、食べるものか
第五章 牛肉出世物語
第六章 ミルク・ゴクコク派と飲むとゴロゴロ派
第七章 昆虫栄養学
第八章 ペットに食欲を感じるとき
第九章 人肉食の原価計算
エピローグ 最後の謎
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする