エマニュエル・トッド 2016年 朝日新書
ちょっと前にエマニュエル・トッドの新しい本をひとつ読んだんだけど、要領を得なかったんで、なんかもうひとつと思って1月の末ころに買ってみた古本。
いろいろ著書あるみたいだけど、分厚くて専門的そうなのは避けて、大きな本は置き場所がないこともあり、なにか新書でいいやと思った。
サブタイトルの「アメリカ帝国の失墜と日本の運命」ってフレーズもなかなか魅力的なので、これにしてみた。
そしたら、しまった、イメージとちがった、著者名と並んで「聞き手・朝日新聞」って書いてあって、朝日新聞による著者の日本向けインタビュー集だった。
まあ、ある意味わかりやすくていいんだろうけど、なんか片寄ってんぢゃないのって危惧もないでもない。
1998年から2016年までのインタビューが収められてるんだけど、どういうわけかインパクトを狙ってなのか、新しい順から並べられている本。
やっぱ歴史のことだし、このひとが前にどんなこと予言して、そのあとどんなことが起きたのかってふうに読みたいんで、ふつうに時系列にしてくれればいいのになという気がする。
比較的新しい2016年の話のなかでおもしろいのは、ドイツのこと。
ヨーロッパがEUとしてひとつになってやってくのはムリで、フランス人もドイツ人も自分の国のことを考えるようになっていて、
>夢だとか、好みだとかはさておき、欧州の現実ということになると、それは、欧州が解体しつつあるということになるのです。(略)
>最後の神話が粉砕されたのは、移民危機が起きたときからです。しばらく前から、ドイツが一人でいろいろなことを決めてきました。原子力から抜け出し、ロシアに対しての東欧政策を決め、だれの言うことにも耳を傾けなくなった。
>しかし、移民の危機まではフランスやイタリアのエリートたちの間に、ドイツに対する一定の敬意はありました。
>なんといっても規律正しい国ですから。ドイツというのは人々が従う国です。(P.42)
って言ってんだけど、移民の受け入れをドイツが呼びかけたところからドイツはヨーロッパに混乱をもたらす存在になったという。
それはいいんだけど、みんなが指導者に従うドイツの国民性に比べて、「フランスの指導者であるということは、恐ろしいことです。だれも従わないのですから。」って自分の国のことを言ってるのは笑う。
別の章では、ヨーロッパだけぢゃなくて、人類の歴史にとって大きな転換期にきているといい、
>(略)4つの要素、つまり(1)共同体的な信仰の喪失(2)高齢化(3)社会を分断する教育レベルの向上(4)女性の地位の向上、これらを合わせると、私たちはまったく新しい世界にいるということになるのです。人類学的な革命と言えるでしょう。(P.82)
と分析しているんだけど、そう、そういうスケールでかい話を聞きたかったんだ、私。
あと、2008年のインタビューでは、2001年以降の世界情勢ではヨーロッパ・アメリカとイスラム世界のあいだで文明の衝突が起きている、みたいな意見が世にひろがってるけど、そうではないという。
イスラム世界が近代化への移行の時期を迎えていることから起きている現象が危機として映っているというんだけど、近代化とは何かっていうと、識字率の向上と、
>識字率の向上は人口面にも革命的な変化をもたらす。出生率の低下だ。(略)どんな社会でも識字率が上昇してこの段階にさしかかると、伝統的システムと決別するための政治的危機を経験する。18世紀のフランス革命や20世紀初頭のロシア革命とその後のスターリン主義、中国の文化大革命などがそれだ。(P.148)
と出生率の低下で世界を説明するとこが、歴史人口学者の面目躍如たるとこで、非常に刺激的である。
前に読んだ本でも自国フランスの人たちと相性がわるいようなこと言ってたけど、やっぱり一般的なフランス人を批判するような意見は攻撃されるらしく、本書でも、
>今日の社会で表現の自由を妨げるのは、昔ながらの検閲ではありません。今風のやり方は、山ほどの言説によって真実や反対意見、隅っこで語られていることを押しつぶし、世論の主導権を握ることです。(P.112)
という具合にチクリと抗議してるんだけど、そういう世論形成の事情って日本もひとごとぢゃあないなと思うわけで。
コンテンツは以下のとおり。
I 夢の時代の終わり(2016年8月30日)
II 暴力・分断・ニヒリズム(2016年1月27日)
III グローバル化と民主主義の危機
好戦的な、いわば狂気が世界に広がりつつある(2015年2月19日)
「国家」が決定的な重みを持つ時代(2014年7月8日)
ユーロは憎しみの製造機(2011年12月9日)
民主主義はだれを幸せにするか(2011年1月8日)
IV アメリカ「金融帝国」の終焉
今や米国は問題をもたらす存在でしかない(2008年10月30日)
グローバル化は単なる経済自由主義ではなく、より厄介だ(2008年3月31日)
日本に「核武装」を勧めたい(2006年10月30日)
フランス暴動 移民国家の「平等」の証し(2005年12月2日)
V 終わらない「対テロ」戦争
日本は米国以外の同盟国を持つべきだ(2004年2月4日)
帝国アメリカは崩壊過程にある(2003年2月8日)
9・11に始まった文明の衝突(2001年11月21日)
反対 欧州各国、一律じゃない(1998年5月2日)