とり・みき 1997年 双葉文庫版
2月に買った古本の文庫、作者はとり・みきだけどマンガぢゃなくて、著者の「2冊目の字の本」。(ちなみに1冊目は『とりの眼ひとの眼』)
単行本は1993年だそうで、初出の場所はバラバラだったらしいが、エッセイ50本収録。
その形式は「カタログ」で、モノについて語ってて、並びを五十音にして、商品としての価格を付すという、凝った企画。
なんせ著者は、
>(略)「あらゆる事象はギャグのネタ」と考える私(略)(p.68)
というひとなんで、目のつけどこがおもしろい。
たとえば、そこで「こういう体裁の本は実にありがたい(同)」と言って採りあげてるのは、コリン・ウィルソン&ドナルド・シーマンの【現代殺人百科】(青土社¥2200)という本。
>ここには60年代以降のあらゆる猟奇殺人事件が網羅されている。スーパー・デラックスなヒトゴロシの集大成だ。もう面白い面白い。
とか言われると、ちょっと読んでみたくなる。
あと変わったモノのなかで秀逸だと思ったのは、【西浦さんの首】。
1987年4月1日の深夜に下北沢の北口駅前に落ちていた首で、ボブ風のショートの女性で、首筋に油性フェルトペンで「西浦」と書いてあったもの、酔った勢いもあって拾って家に持って帰ってきたという、引っ越しのときが捨てるチャンスだったのに捨てられなかったって妙に思い入れがあるところを語っている。
そういえば『愛のさかあがり』にも、ケンタッキー・フライドチキンのカーネル・サンダースを盗んでアパートまで持ってきちゃったという話があった。(「ご近所のレプリカント」)(ちなみに、そのエピソードの犯人は、とり氏ではない。)
で、その『愛のさかあがり』については、本書の【パンチザウルス】の項で、【パンチ】の末期に参加して自らのターニング・ポイントになった仕事だとしているが、従来のギャグマンガ路線から外れたことに関し、
>小松左京さんからは禁足申しつけるの留守電が入っていた。「ここへ来て楽なエッセイ漫画に走るとは何事か」(p.180)
という事件も起きていたことを明かしている。(とり氏は学生んとき、コマケン=小松左京研究会に入っていて、初めて生で見たSF作家は小松さんだった。)
次作にSFを描いたことで禁足は解除されたそうで、めでたしめでたし。
SFといえば、【ミステリー・ゾーン】の項は、
>あきれたことに面白い。今でも充分に。(p.196)
の書き出しで始まり、少年時代の熊本では民放が1局しかなくて観てみたくても観られなかったんだが、ビデオ化されたんで観てみたら期待にたがわずおもしろかったと驚いて、
>映画ならまだわかる。しかし、時代を超越して面白いテレビ作品、これは何事であろうか。(略)堂々と物語の面白さそのものが生き残っている。ここにはショート・ショートのお手本、テレビドラマの教科書がある。そしていまや死語となったSFの原点、センス・オブ・ワンダーさえも。(p.198-199)
なんてぐあいに絶賛しているんだが、私も最近になって初めて全154編をみて、面白いと思ったんで安心した。