中沢新一 二〇二三年一月 講談社選書メチエ
これは7月ころに、ふと見つけて買った、わりと新しいもの、最近になってやっと読んだ。
タイトルみて、おもしろそうだと思った、『人類最古の哲学』とか著者の書くもので神話学にからむものは刺激されるものが多いからねえ。
初出は2021年からの「週刊現代」の連載エッセイらしい、だからかあんまり難しくなく読みやすい部類な感じする。
序文に、
>私も現代の日常生活に侵入し、たしかな場所を得ているミトロジー(神話)について、規則的に考察しようと試みた。(略)
>素材の多くが現代日本の日常生活から取られていることもあってか、私はこの仕事をつうじて、この国の文化がかなりの深い層にいたるまで、ミトロジーによって影響を被っているという事実を観察して、いまさらながらの驚きを感じた。いやこの国の文化そのものが、深層においてミトロジーを土台になりたっているのかもしれない。(略)
>日常生活から取り出された何気ない素材の中に、深遠な人類的主題が隠されていることを、私はこの本で示そうとした。(p.1-4)
とあるように、日常にみられるできごとを採りあげて、そこに深い意味があることを発見していく、意識してなかったことを考えさせられる。
そういうのって、たのしい、「この事象の背後にはなにがあるかなんて、そんなややこしいこと、わざわざ考えないよ」ってとこ、考えるのが哲学ってもんぢゃないだろか。
オリンピックのスケートボードをみて、
>スケーターたちは、路上パフォーマーと同じように、市民の日常生活をなりたたせている有用な行動の「文法」を、ひっくりかえしてみせ、自分の身体とそうやって無用になった「もの」を使って、日常の外にある「美」を、短時間だがこの世に出現させようとするのである。こういう美には、しばしば「ポエジー」が宿ると言われてきた。(p.16)
とかって、ふつう考えないもんねえ、そこまで。
たとえば、ウルトラマンは単純な正義でも悪でもないってことを説明するのに日本神話のスサノオを出してきたりとか。
20世紀に宇宙開発競争してたときに、ロケットに乗りこませる動物としてソビエトは犬を選んだけどアメリカはチンパンジーを選んだのは、両国家におけるミトロジー的思考の質の違いによるものだとか。
卑近な例を提示されて説明つけられると、そうなのぉ、そういうもんかぁ?とか思うんだが、そこでときどき、
>(略)宇宙開発とは未知だった領域を既知の世界に回収していくことであり、そこで人間は新しい存在に生成していくのではなく、元の人間のままで、未知だった領域を自分のよく知っている世界に組み込んでしまうのが、宇宙へ出ることの意味だと理解されるようになった。初期には、「創造的」であることをめざしていた宇宙開発は、しだいに未知を既知のなかに引き戻していく「還元主義」の行為に変容してしまった。(p.53)
みたいに、なんかそれらしい理論のようなものが語られるから油断できない、よく整理された結論を与えられるとひと(私)は安心してしまうのである。
ほかにも、ビル・ゲイツが離婚の理由として、このまま一緒にいても成長できないからって言ったのを受けて、このひとは夫婦愛でも成熟させるんぢゃなくて資本主義的に成長させなきゃいられないのねってとこから、「成長のミトロジー」を説明してくれるとこはおもしろい。
>一万年ほど前の中近東で起こった「農業革命」とともに、人類の脳に成長の主題が組み込まれたのである。
>(略)農業の始まりによって、大地に蒔いた種は何倍にも増え、富は増えて戻ってくることを知った。
>このとき成長のミトロジーの原型が生まれた。以来数千年もかけて、このミトロジーは確実な発達をとげていき、ついに近世のヨーロッパに、究極の増殖世界の実現をめざす「資本主義革命」を起こした。いまや、人類の脳は、成長し増殖する世界をあたりまえのものとして思考する、増殖脳という強力なフィルターをとおして、世界を認識している。(p.56-58)
って、増殖脳がセットされてるから、成長しなくちゃって意識から逃げらんないっていうんだけど、なんとなく『サピエンス全史』とか思い出させられた。
あと、なんで鉄道乗るのが楽しいんだろねって題材で、
>乗り鉄の人々は、自動車が与える自由なドライブの感覚よりも、座席に居場所を制限されたまま、決まった線路の上を決まった時刻どおりに走っていく、鉄道の不自由のほうを愛している。(略)
>鉄道愛好者の多くは、自動車が与えてくれる自由の体験は、ほんものの自由ではないと考えている。それは個人の小さな意識の生み出す、小さな自由の感覚にすぎない。そういう自由を否定して、鉄路が定めるより大きな「法(ダルマ)」に身を委ねていくとき、人間はもっと大きな自由を体験することができる、というのが乗り鉄の秘められた哲学である。
>乗り鉄の無意識にとって、鉄路は宇宙的な法の比喩なのである。(p.125)
ってぐあいに語ってるのなんかも刺激的、すごい大風呂敷だよね、鉄道好きだっつーだけなのに、哲学でダルマなんだから、おもしろい、こういうの好き。
どうでもいいけど、じきハロウィンという季節だが、
>ヨーロッパの古い形態のハロウィンにおいて、祭りを司っていたのは「死の王」である。夏の間、旺盛な生命を満喫していた植物たちにも、秋になると死の影が忍び寄ってくる。近づいてくる死の影を察知した植物たちは、自分の遺伝子を残すために、さまざまな果実を実らせて、種の散布を準備する。こうして「実りの秋」がやってくるのだが、じつはその季節は死の王の支配の到来を告げている。死がなければ実りもない、というミトロジーが、この祭りの背景にある。(p.219)
ということらしい、勉強になるなあ。
で、著者は渋谷にあのハロウィンが戻ってきてほしいというんだが、
>渋谷には他の街にはない、死霊を呼び寄せるような無分別な土地の力が隠されており、東京からそういう土地をなくしたくない、と思うからである。(p.223)
って理由をあげる、『アースダイバー』を思い出した、おもしろい話だ、渋谷区長は怒るかもしれないけど。
コンテンツは以下のとおり。
I
スケートボードのポエジー
ウルトラマンの正義
『野生の思考』を読むウルトラマン
オタマトーンの武勲
宇宙犬ライカ
ベイブvs.オリンピッグ
近代オリンピックの終焉
M氏の宇宙飛行
成長のミトロジー
惑星的マルクス
II
シティ・ポップの底力
氷上の阿修羅
神仙界の羽生結弦
音楽はどこからやってくるのか
花郎(ファラン)とBTS
古墳と宝塚歌劇団
聖なるポルノ
アンビエント
非人間性について
タトゥーの新時代
III
ミニチュアの哲学
乗り鉄の哲学
abc予想
低山歩き復活
第九と日本人
ウクライナの戦争
戦闘女子
『マトリックス』と仏教
IV
ポストヒューマンな天皇
フィリップ殿下
シャリヴァリの現在
家族の秘密
キラキラネームの孤独
愛のニルヴァーナ
「人食い(カンニバリズム)」の時代
『孤独のグルメ』の食べる瞑想
自利利他一元論
V
サスペンスと言う勿れ
怪談の夏
渋谷のハロウィン
鬼との戦い
丑年を開く
大穴持(オオナモチ)神の復活
気象予報士の時代
エコロジーの神話(1)
エコロジーの神話(2)
反抗的人間の現在
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