ちょっと回復してきたので少しだけ書いておきます。さすがにきつい・・・。
日曜日は記録会でした。完全調整という気はありませんでしたがそれなりに走れるだろうと思っていました。条件云々もありますが練習で見る限り確実に力が上がっているのが分かるのでそれをうまく出せればいいなという感じでしょうか。
結果を先に書いておくと「不完全燃焼」という感じでしょうか。条件的に記録が出る状態ではありませんでした。が、「普段やっていることができない」という部分に関しては完全に「不完全燃焼」です。男子に関してはある程度の結果につながったかもしれません、11秒97がベストだった選手が11秒77ででした。去年までは12秒3くらいだったと思うのでよく走れるようになっています。1年生男子はこのレースに参加していませんが2人はこの選手よりは速いはずなのでそれなりに力がついてきているのかなという感じでした。
女子に関しては「どうしたのか?」という感じの走りでした。「残念」です。唯一気を吐いたのは1年生女子が1人。条件がかなり悪いので記録的に評価するというよりは「強さ」を感じました。2年生女子は向かい風の中でよく走ったかなという感じ。風がなければ自己ベストくらいは更新しただろうなという感触はありました。とはいっても、私自身は役員の仕事でスタート局面のみしかみていません。全体の流れが確認できていないのでどうなのかという部分はありました。が、あまりにもレースの内容が悪い者が数名。これでは・・・。
レースの内容が悪いというだけではない。普段やっていることができないという感じがよくない。前日にスタート練習をしていたのですがこの日よく走れていた選手と60m地点まではほぼ同時で走っていた選手もいました。が、翌日は全く。力が出せません。また、前日に力のある選手と走って60m地点で大きく引き離していた選手もこの日は全く力を出せず。これでは・・・。
フィールド種目に関しても同様。棒高跳びは男子が自己ベスト。女子は連取で余裕で越えていた高さを全く超えることができず自己ベストにも届かず終了。練習会では明らかに跳んでいたのですがこのレベルの記録でとどまっていたらこの半年間の練習の意味がほぼなくなってしまいます。これは良くない。やり投げも同様。練習で余裕で越えている距離を超えられない。高跳びに関してはほぼ跳躍にならず。この数週間の練習の成果は全く出せていないという感じでしょうか。調整していないとはいえこれでは困ります。練習である程度のことができて試合でできないというのは・・・。
今回の記録だけを評価されると「大したことないな」と思われると思います。実際にはその通りです。練習でどれだけいい走りが出来てもレースできちんと力が発揮できなければ「力がない」のと同じこと。勝負するという話にはなりません。女子は特に。力がついていてもそれを出すために必死になれていない。どこかで「甘えている部分」があると思います。
特別評価をするつもりはありませんが、1年生女子で「強くなりたい」という気持ちが前面に出る選手がいます。競技者としてはかなり「強い」と思います。練習では勝ったり負けたりします。それでもレースになると確実にと言っていいほど力を出す。練習でいい走りをしても試合でいい走りが出来なければ意味がなくなってしまうからです。この選手、中国大会が終わった後にかなり不貞腐れていました。これは「悔しさ」の裏返しなのです。周囲から見れば「なんだ?」と思われるかもしれません。が、「勝ちたい」という気持ちの表現の方法が分からないのだと思っています。チーム内の誰よりも「勝ちたい」と思う。これは中国大会以降の技術練習などにも出ていました。
他の子は普通にスタート練習に入る。が、この子は壁を使って膝の引き出しの動きを確認してはいる。走りだす前に膝締めの意識を確実に行う。中学の時にレースを見た時にスタート直前に自分で「足運び」を意識していました。少しでも速く走るためにという感覚が出るのだと思います。これは私が教えてやっているのではなく自らの意志でやっている。こういう「勝つために何でもする」という感覚をもっとほかの選手が見習うべきだと思っています。この子の「何が何でも」という感覚はすごい。
すべての日程終了後に全体を集めて話をしました。「何をやっているのか?」という話。どこかに「甘える部分」があります。正直、1年生に関しては「ある程度」のことしか話してきませんでした。こちらの方針は伝えていますが個別に課題を上げて注意することは少なかった。最初が肝心だと言われるかもしれません。が、「言葉が届くための準備」が必要になると思っていました。良いわけだと言われたらそこまで。どうとらえてもらっても構いません。が、「分からない状況で話をする」ことでは何も伝わらないと思っています。どれだけ言葉をかけても「聞く気がない」「受け皿がない」状況では伝わらないからです。
この日、2年生も含めて「本当にこのままでいいのか」という話をしました。上述のように「勝ちたい」と思っている選手もいる。たぶん他の選手も同じように「勝ちたい」と思っていると思います。が、それがどのレベルなのか。勝てたらいいなという取り組みなのか、「何が何でも勝つ」と思ってやっているのかどうか。「覚悟」の話をしました。この日は個別に名前を挙げて話をしました。全体の前で話す内容ではないとしてもある程度の課題はや「甘さ」は全員が理解しておく必要があります。それが出来なければ強くなるかの制覇ない。
チームによっては「よく頑張ったね」「次は大丈夫だ」と声掛けをするかもしれません。高校生は子供の部分があります。優しく受け入れてくれる人間に依存します。自分の欠点を指摘されるのを嫌います。指摘されたら「言われなくても分かっている」と態度が悪くなります。本当にそれで強くなれるのであればそれでいい。が、選手として強くなるためには「素直さ」が必要不可欠です。そして「絶対に負けない」と思える「心強さ」も必要。負けていても「悔しい」と思えない選手はやってもやらなくても同じだと思います。
単純に「悔しい」と思うだけであればそこで終わり。「悔しい」のであればそれをどうするのかです。思っているだけで強くなれるなら簡単。「何とかなる」と思っているだけで強くなれるならみんな強くなっています。強くなるために何をするかを考えて自ら動けるようにならなければ強くなれるはずはありません。
先日、練習会に連れて行ったときに「一人だから」という言葉が何度かありました。同じく今度は記録会や合宿に「一人」で参加させます。「他に誰かいないんですか?」という言葉が出ます。ここだと思っています。本当に強くなりたいのであれば「一人」でもやらないといけない。それなりの環境は与えますが「一人ではできない」と思うような選手ではやはり勝てないと思っています。言い訳が先に出るような感じであれば勝負になることはない。女子はここの部分を変えない限りは戦えないでしょうね。
力がついていても出せない。これに関しては思うこともあります。今回はかなりきつく話をしました。それぞれが「想うこと」はあるでしょう。私は嫌われることは一切恐れていません。それで選手が強くなるならそれが一番だから。甘やかせて受容して「いい子だね」と褒めちぎって「練習をしてもらう」のであればそれは「教育活動」ではない。競技を通じて「物事への取り組み方」や「本気になる事の大切さ」を学んで欲しいのです。出せない理由は何かある。本当に練習で走れていないのであれば仕方ないかなと思いますが。レースになって出せないのは「原因」があるのです。
もちろん、選手が力を出せないのは私自身の「力不足」以外の何物でもありません。それは私自身が理解しておかなければいけないと思っています。もっとできることがあったと思うからです。が、技術的なことは改善されてきています。それを上手くレースで出せない。スプリント系に関しては「距離不足」は明確だと思っています。本当に90m1本程度しか走っていませんからある程度の距離を踏まないとショートスプリントであっても走れないと思っています。これに関してはまた別に書こうかなと思っています。タイムが出ないのはこちらにも原因がある。記録が出せないのはそれなりの「意図」があって行っている。それでも考えるべきことはある。そう思います。
また書きます。
日曜日は記録会でした。完全調整という気はありませんでしたがそれなりに走れるだろうと思っていました。条件云々もありますが練習で見る限り確実に力が上がっているのが分かるのでそれをうまく出せればいいなという感じでしょうか。
結果を先に書いておくと「不完全燃焼」という感じでしょうか。条件的に記録が出る状態ではありませんでした。が、「普段やっていることができない」という部分に関しては完全に「不完全燃焼」です。男子に関してはある程度の結果につながったかもしれません、11秒97がベストだった選手が11秒77ででした。去年までは12秒3くらいだったと思うのでよく走れるようになっています。1年生男子はこのレースに参加していませんが2人はこの選手よりは速いはずなのでそれなりに力がついてきているのかなという感じでした。
女子に関しては「どうしたのか?」という感じの走りでした。「残念」です。唯一気を吐いたのは1年生女子が1人。条件がかなり悪いので記録的に評価するというよりは「強さ」を感じました。2年生女子は向かい風の中でよく走ったかなという感じ。風がなければ自己ベストくらいは更新しただろうなという感触はありました。とはいっても、私自身は役員の仕事でスタート局面のみしかみていません。全体の流れが確認できていないのでどうなのかという部分はありました。が、あまりにもレースの内容が悪い者が数名。これでは・・・。
レースの内容が悪いというだけではない。普段やっていることができないという感じがよくない。前日にスタート練習をしていたのですがこの日よく走れていた選手と60m地点まではほぼ同時で走っていた選手もいました。が、翌日は全く。力が出せません。また、前日に力のある選手と走って60m地点で大きく引き離していた選手もこの日は全く力を出せず。これでは・・・。
フィールド種目に関しても同様。棒高跳びは男子が自己ベスト。女子は連取で余裕で越えていた高さを全く超えることができず自己ベストにも届かず終了。練習会では明らかに跳んでいたのですがこのレベルの記録でとどまっていたらこの半年間の練習の意味がほぼなくなってしまいます。これは良くない。やり投げも同様。練習で余裕で越えている距離を超えられない。高跳びに関してはほぼ跳躍にならず。この数週間の練習の成果は全く出せていないという感じでしょうか。調整していないとはいえこれでは困ります。練習である程度のことができて試合でできないというのは・・・。
今回の記録だけを評価されると「大したことないな」と思われると思います。実際にはその通りです。練習でどれだけいい走りが出来てもレースできちんと力が発揮できなければ「力がない」のと同じこと。勝負するという話にはなりません。女子は特に。力がついていてもそれを出すために必死になれていない。どこかで「甘えている部分」があると思います。
特別評価をするつもりはありませんが、1年生女子で「強くなりたい」という気持ちが前面に出る選手がいます。競技者としてはかなり「強い」と思います。練習では勝ったり負けたりします。それでもレースになると確実にと言っていいほど力を出す。練習でいい走りをしても試合でいい走りが出来なければ意味がなくなってしまうからです。この選手、中国大会が終わった後にかなり不貞腐れていました。これは「悔しさ」の裏返しなのです。周囲から見れば「なんだ?」と思われるかもしれません。が、「勝ちたい」という気持ちの表現の方法が分からないのだと思っています。チーム内の誰よりも「勝ちたい」と思う。これは中国大会以降の技術練習などにも出ていました。
他の子は普通にスタート練習に入る。が、この子は壁を使って膝の引き出しの動きを確認してはいる。走りだす前に膝締めの意識を確実に行う。中学の時にレースを見た時にスタート直前に自分で「足運び」を意識していました。少しでも速く走るためにという感覚が出るのだと思います。これは私が教えてやっているのではなく自らの意志でやっている。こういう「勝つために何でもする」という感覚をもっとほかの選手が見習うべきだと思っています。この子の「何が何でも」という感覚はすごい。
すべての日程終了後に全体を集めて話をしました。「何をやっているのか?」という話。どこかに「甘える部分」があります。正直、1年生に関しては「ある程度」のことしか話してきませんでした。こちらの方針は伝えていますが個別に課題を上げて注意することは少なかった。最初が肝心だと言われるかもしれません。が、「言葉が届くための準備」が必要になると思っていました。良いわけだと言われたらそこまで。どうとらえてもらっても構いません。が、「分からない状況で話をする」ことでは何も伝わらないと思っています。どれだけ言葉をかけても「聞く気がない」「受け皿がない」状況では伝わらないからです。
この日、2年生も含めて「本当にこのままでいいのか」という話をしました。上述のように「勝ちたい」と思っている選手もいる。たぶん他の選手も同じように「勝ちたい」と思っていると思います。が、それがどのレベルなのか。勝てたらいいなという取り組みなのか、「何が何でも勝つ」と思ってやっているのかどうか。「覚悟」の話をしました。この日は個別に名前を挙げて話をしました。全体の前で話す内容ではないとしてもある程度の課題はや「甘さ」は全員が理解しておく必要があります。それが出来なければ強くなるかの制覇ない。
チームによっては「よく頑張ったね」「次は大丈夫だ」と声掛けをするかもしれません。高校生は子供の部分があります。優しく受け入れてくれる人間に依存します。自分の欠点を指摘されるのを嫌います。指摘されたら「言われなくても分かっている」と態度が悪くなります。本当にそれで強くなれるのであればそれでいい。が、選手として強くなるためには「素直さ」が必要不可欠です。そして「絶対に負けない」と思える「心強さ」も必要。負けていても「悔しい」と思えない選手はやってもやらなくても同じだと思います。
単純に「悔しい」と思うだけであればそこで終わり。「悔しい」のであればそれをどうするのかです。思っているだけで強くなれるなら簡単。「何とかなる」と思っているだけで強くなれるならみんな強くなっています。強くなるために何をするかを考えて自ら動けるようにならなければ強くなれるはずはありません。
先日、練習会に連れて行ったときに「一人だから」という言葉が何度かありました。同じく今度は記録会や合宿に「一人」で参加させます。「他に誰かいないんですか?」という言葉が出ます。ここだと思っています。本当に強くなりたいのであれば「一人」でもやらないといけない。それなりの環境は与えますが「一人ではできない」と思うような選手ではやはり勝てないと思っています。言い訳が先に出るような感じであれば勝負になることはない。女子はここの部分を変えない限りは戦えないでしょうね。
力がついていても出せない。これに関しては思うこともあります。今回はかなりきつく話をしました。それぞれが「想うこと」はあるでしょう。私は嫌われることは一切恐れていません。それで選手が強くなるならそれが一番だから。甘やかせて受容して「いい子だね」と褒めちぎって「練習をしてもらう」のであればそれは「教育活動」ではない。競技を通じて「物事への取り組み方」や「本気になる事の大切さ」を学んで欲しいのです。出せない理由は何かある。本当に練習で走れていないのであれば仕方ないかなと思いますが。レースになって出せないのは「原因」があるのです。
もちろん、選手が力を出せないのは私自身の「力不足」以外の何物でもありません。それは私自身が理解しておかなければいけないと思っています。もっとできることがあったと思うからです。が、技術的なことは改善されてきています。それを上手くレースで出せない。スプリント系に関しては「距離不足」は明確だと思っています。本当に90m1本程度しか走っていませんからある程度の距離を踏まないとショートスプリントであっても走れないと思っています。これに関してはまた別に書こうかなと思っています。タイムが出ないのはこちらにも原因がある。記録が出せないのはそれなりの「意図」があって行っている。それでも考えるべきことはある。そう思います。
また書きます。