利用者宅の訪問を日々繰り返している。
先日も生活歴をお聞きしていると、戦災で焼け出された話になった。
いつも持参している『岡山空襲の記憶』パンフを見ていただく。
「こんなパンフ見たことがない。どこで手に入るのか?」とお聞きになる。
今年、市役所が作成したのだとお話。
今まで見られている方にお会いしたことがない。
少なからぬ経費をかけて作成したパンフが市民に知られないままになっている。
いい仕事しているのに本当にもったいない。
有効に利用していただいてこそ、制作した意味がある。
猛省を促したい。
もちろん、パンフは私からお渡しさせていただいた。
すると利用者の方が奥の部屋に行き、古い地図を持って来られた。
県立図書館にある地図をコピーされていた。
「見るか?」ということで見せていただくと、
大正期と昭和10年代の地図だった。。
この地図は手元において生活歴をお聞きした。
まことに詳しく話していただいた。
で、大正期の地図をもとに話をしていると、またまた新しい発見があった。
宇野線の線路の位置が現在と異なる。
駅の位置も違う。
これにはびっくり。
早速、帰宅後に調べてみた。
ホームページで紹介されている方がおられた。
この地図は利用者宅で拝見した地図だった。
すでに調べておられる方がいる。
ありがたいことだ。
しかし、なぜ付け替えたかはわからない。
こうして少しずつ、当市の歴史の知識が深くなる。