最近、頭の中がすっきり整理できなくなったように思います。
もちろん、歳のせいです。
対応策をいろいろ考えなくてはなりません。
しかし、人間の頭の中は単純ではありません。
例えば、母親。
母親の介護も10年になり、認知症も進んでいます。
文章を書くこともなくなり、ノートも筆記具ももってなかったのですが、
最近、ほしいと言われ、病院に持参しました。
驚いたことに思いの外、書いています。
短文ですが、文字は書くことができます。
書いた内容については覚えていないのですが、
漢字など正確に書くことができます。
私がだれだかわからないことも多いのですが。
たぶん、子供の頃の顔で現れるとすぐにわかると思います。
私などが漢字を忘れていっていることとは好対照です。
それにしても人の名など紹介されてもすぐに忘れます。
最近は最初から記憶されていないようです。
覚える努力をすることも大切でしょうが、
覚えることばかりに気を取られることも疲れます。
最近あった方の中には、最初から「わたし人の名前覚えられませんから」とおっしゃる方も。
こんなふうに言い切ることもありだとおもいます。
「思い出そう思い出そう」と必死になるのは予防になると言われますが、忘れることもいいのではないでしょうか。
本当に心に刻まれれば、忘れようにも忘れられないですから。
最初の話です。年表作りです。
自分史に近い年表もありますが、興味深いことの年表もあります。
幾つかの年表を作る意味は、元号が次々に変わることによっての混乱回避です。
西暦で統一すればこの問題は解決されるようですが、過去の歴史は変わりようがありません。
江戸時代など、年表なくしてはなにもわかりません。
それから、行政文章は元号です。
元号と西暦を併記しないとわからなくなります。
若いときは瞬時に変換できたのですがそれが今はできません。
時系列に弱くなるのは、頭の老化でしょう。
それを外部で補いこと。
年表づくりです。
最近、実家で20〜30年前にわたしが両親に聞いて書いた家系図のようなものを見つけました。
今はもう誰にも聞けなくなってしまいました。
その内容も年表に書き込みたいと思います。