さて、2月18日の介護初任者研修での後半の授業は「介護・福祉サービスの理解と医療との連携」です。
ここでは介護保険制度について基礎的な理解を深めます。
世界で最も高齢化が進みつつある我が国では、高齢者の介護という事が社会問題になりその解決策としてどこにも例のない「介護保険制度」が作られました。
改めてその背景となる社会の変化を概観してみましょう。
総人口における65歳以上の比率(=高齢化率)が7%を超えて我が国の"高齢化が始まった"とされるのは1970(昭和45)年でした。
かつては長生きの高齢者の面倒を見るのは家の中では女性の仕事でしたが、女性の社会進出が進み、同時に少子化の中で経済活動における女性の労働力が欠かせないものとなりました。
介護の担い手であった女性の社会進出により家族の中での介護力が減退し、家庭の中で介護をするのはもはや無理となり、社会全体で対応すべきであるという機運が盛り上がりました。
その一方で、1973(昭和48)年に老人医療費が無料化されたために高齢者が病院に集まり、医療の必要がない老人がいつまでも社会的に入院するようなことが起き、老人医療費が増大、その伸びを抑制するために、10年後の1983年に老人保健法が施行されて老人医療費の患者一部負担が復活。
こうした事象の反省を受けて、介護が必要ではあるが医療はそれほど必要ではないという中間領域の高齢者を医療分野から分離し、介護分野を独立させて移行するという事が求められるようになりました。
その受け皿として整備されたのが介護保険制度です。
まず財源調達のために社会保険と言う形にしたことがすばらしいですね。
わが国ではいくら福祉のためと言ってもそのために税金を上げるという事に対して異常なくらいネガティブな反対論が展開されます。
そこで国民が皆能力に応じて負担と言う形で参加して、必要になったらその度合いに応じてサービスを受けるという社会保険の形が選ばれました。
これは健常である「リスクのない人たち」から高齢による「能力低下リスクを抱える人たち」へのリスクの移転と考えられます。
このことは年金も同じで、若くて収入のある「リスクのない層」から高齢期で収入が途絶える「リスクのある層」へのリスク移転です。
◆
高齢者を医療から引き離して家族の介護からも解放させるとなると老人ホームのような施設に入ってもらうという事が考えられますが、こうした施設サービスは建設も利用もお金がかかります。
そのため、住民に身近な市町村がサービス提供の中心となって「地域包括ケアシステム」をつくり、家にいられるうちは「住み慣れた我が家」が拠点となってすごしてもらうことが社会的に最も安価で利用者もハッピーな形を描いています。
"包括ケア"というのは、複数のサービスを一体的に連携させるということを意味していて、そのために5つのサービスの形を一体的に提供します。
それらは、①医療、②介護、③予防、④すまい、⑤生活支援の5種類で、これらをその必要度合いに応じてサービス提供する体制が地域の中での介護の形と言うわけです。
鍵となるのは、できるだけ住み慣れた家で可能な限り暮らしていくことを支えるということです。
家の中だけが無理なら外に出て、地域内で短時間や数日間にわたって身の回りの世話を受けてまた家に帰るという事もできます。
「親孝行したいときには親は無し」という言葉がありますが、お年寄りの側も自分たちができるだけ健康でいるということは「子供孝行」であり社会への貢献でもあります。
そしてそれだけ頑張っても襲ってくる高齢化による身体の衰えのために各種のサービスが用意されていますが、その担い手は常に不足気味です。
今はまだ若くて自分自身の高齢期については想像もできない壮年~青年の皆さんもいつか「先人たちはよくこんな制度を作ってくれたものだ」と感謝する日がくることでしょう。
サービスを受ける側でいる安心のために、サービスを提供する側に回るとどんな風景が見えるのか。
僕の関心は今そこにあります。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます