尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「アルプススタンドのはしの方」

2020年08月23日 21時14分21秒 | 映画 (新作日本映画)
 映画「アルプススタンドのはしの方」をやっている。知らない人が多いと思うけど、高校野球も全国総文祭もなくなっちゃった今年の夏に是非見て欲しい映画だった。高校の映画教室なんかにもふさわしいけど、しばらく出来そうもないかな。何でかというと、これは2017年に行われた全国総文祭の演劇部門、つまり演劇部の全国大会で最優秀賞(文部科学大臣賞)を受賞した兵庫県立東播磨高等学校の映画化なのである。そんなことがあるんだ。

 原作台本は顧問の藪博晶の作とあるが、それを奥村徹也が脚本にして城定秀夫が監督した。この人はピンク映画を中心に活躍している監督だという。演劇部の大会用だと時間制限があるから、それを膨らましているんだろうが、それでも75分と短い映画だ。映画は「甲子園球場のアルプススタンドの端っこ」で母校を応援している数人の生徒を見つめ続ける。もっともロケは甲子園じゃないだろうし、校名も埼玉県立東入間高校に変わっている。近年の埼玉大会は大体花咲徳栄浦和学院が代表になっていて、公立高が優勝するのは不自然だけど。

 だからこそ学校も意気込んでバスを仕立てて全校生で応援に行くことになった。しかし、受験を控えた3年生はホテルで補習してから応援に行くという。演劇部の女子生徒二人(安田と田宮)、元野球部の藤野、話し相手もいないが勉強は出来る宮下の4人は応援に熱中できずに、端っこでだるそうにしている。熱く応援を迫る教員が来て、何となく4人がしゃべるようになって、何となく関係性が判ってくる。冒頭で「しょうがない」と言われていた女子がいる。演劇部も関東大会まで進んだこと、しかし部員がインフルエンザになって大会に来られずに当日棄権になってしまったこと。顧問教師は台本を書いた安田に「しょうがない」と諦めるように言ったのだった。
(頑張るブラスバンド部長)
 この4人の他に、応援に頑張るブラスバンド部長の「久住さん」がいる。今までいつも宮下さんが一番だった模試で、今回初めて久住が一番になった。そして、エースピッチャーと先発メンバーになれないが努力家の矢野という、具体的には一切出て来ないが重要な役割を果たす2人がいる。そこに安田が爆弾情報を流すことによって、彼らの人間関係の深層がすっかり変わってしまう。相手チームは私立強豪校で、とても勝てるはずがない中、試合も終盤に入ってリードされながらも一点返せそうな展開に…。全部書くと面白くないから、筋はこの程度にしておく。

 野球のルールを知らない女子生徒が時々いるけど、それを隠し味にしながら話はコミカルかつシリアスに進行していく。ポイントは「空振り三振」と「送りバント」だ。「見逃し三振」ではなくて、とにかく空振りでもいいからバットを振らないとヒットは生まれない。あるいはバントすることによって、自分がアウトになってもチームに得点機会を増やす作戦も意味がある。これは野球をたとえにした人生の教訓である。
(演劇公演=浅草九劇での公演)
 そして「応援することの意味」。応援したって、それ自体は直接に得点に結びつかない。大声を上げても意味ないし「しょうがない」。そう思っても無理ないところはあるが、それでも多くの人が応援に行くのは何のためだろう。自分はグラウンドに立たないのに、頑張っている人を応援することの意味は何? 物語はやはり上手に盛り上げてゆくが、ここにはとても大切な問題が描かれている。単に野球部や演劇部の問題ではなく、もっと普遍的な人生について考えている。

 僕も「空振り三振でもいいから、見逃しはやめよう」と思って、自分で声を挙げたことがある。前回書いた「スキャンダル」でも「グレース・オブ・ゴッド」でも、最初に声を挙げた時にすぐ反応があったわけではない。最初に声を挙げるときは、「こんなこと言ってもしょうがないかもしれない」とくじけそうになりながらも、「空振りでもいいから、見逃しはやめよう」と思って勇気を振り絞るのである。「しょうがない」と思いながらも、何もしないよりいいかなと思って、小さなことを続けているのである。そんな「支援者」(サポーター)の果たす役割に思いをいたさせる物語でもある。まあちょっと「高校演劇的」に教訓的すぎるかもしれないが。

 蛇足だが、関東大会は「南関東大会」だろう。エピローグで出てくる「茶道部の全国大会」というものはないから、おかしい。(まあ似たような高校茶道部の合同お手前はあるらしいけれど。)熱血教師を国語の教員にして、書道甲子園とか俳句甲子園にした方が良かったかな。まあトリビアルな指摘だけど。それに久住さんのその後も気になるなあ。ついでに言うと、安田が母校で教師になっているというのは、普通母校で新採はないと思うんだけどな。(多分)母校で教育実習をやって、それで母校で採用になるということは、公立ではちょっと無理だと思う。
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