尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

福間良明『「勤労青年」の教養文化史』を読む

2020年10月27日 22時52分29秒 | 〃 (さまざまな本)
 岩波新書から2020年4月に出た『「勤労青年」の教養文化史』を読んだ。著者の福間良明氏は歴史社会学者で立命館大学教授。2017年に出た『「働く青年」と教養の戦後史ー「人生雑誌」と読者のゆくえ』(筑摩選書)でサントリー学芸賞を受賞した。それ以前に『「反戦」のメディア史』とか『「戦争体験」の戦後史』といった著書があり、名前はチェックしていたけど読むのは初めて。

 敗戦直後の農村における青年学級運動から、集団就職定時制高校人生雑誌の盛衰と戦後日本の「教養文化史」をたどっている。僕の世代でさえ、かろうじて判るか判らないかといった1950年代、60年代の忘れられた体験を可視化する貴重な業績だ。文化や思想はともすれば中央のエリート中心に書かれやすい。貧しかった日本の、貧しかった階層の青年たちが、いかに「教養」に憧れていたか。そしてそれがいかにして消え去ったか。非常に大切な問いだろう。
(福間良明氏)
 冒頭で映画「キューポラのある町」(1962)の話題が出てくる。早船ちよ原作で、吉永小百合を一躍スターにした映画である。最近では「北朝鮮帰還運動」が描かれていることでも注目されている。この映画には父の失業で全日制高校に行けなくなったジュンが主人公になっている。そして担任の先生(加藤武)はジュンに定時制だってある、通信制もある、勉強は一生だと説く。ジュンは工場で働きながら夜間定時制に学ぶ高校生を見にいって、自分もその道を選ぶことを決意して終わる。今の学生にはこの映画はもうピンと来ないんだという。
(「キューポラのある町」)
 まず最初に各地の青年学級が扱われる。敗戦とともに全国の農村青年が「学びの場」を求めた。最盛期には全国で100万人を超える青年が自ら学ぼうとした。それも「習い事」や「農業技術」よりも「教養科目」が求められた。小学校では優等生だったのに、経済的に上級学校に行けない若者が大量にいた時代である。その「教養」とは、主に「文学」や「哲学」などの読書を通して、人生を考えるような感じだろう。それは旧制高校以来続く「教養」文化である。だが戦前の旧制高校や大学に進学できる人はごく少数だったから、学校では不要不急の「教養」を学んでいても卒業すればエリート待遇が約束されていた。

 象徴的な人物として山本茂美(1917~1998)が取り上げられている。映画化もされたベストセラー「あゝ野麦峠」の作者である。長野に生まれ、貧しいため上級学校に進めず、軍から帰還した後は農業をしていた。松本で青年学級の中心となり、やがて上京して早稲田の聴講生となり、人生雑誌「」を創刊した。ウィキペディアを見ると、50年代には「愛と死の悩み 吾等いかに生くべきか」とか「苦しんでいるのはあなただけではない」といった本を沢山書いていた。
(山本茂美)
 しかし、やがて農村では青年学級が下火になっていく。特に若い女性が夜に出ていくだけで非難されたし、自ら考えようとすると「アカ」と呼ばれた。長男しか実家の農業を継げない「次三男問題」もあったし、一方で家に縛り付けられる長男の悩みもあった。その後高度成長期になると、地方からは「集団就職」で都会に出て行く青年が多くなった。地方には少ない定時制高校が都会にはある。1960年代には40万人ほどの生徒が夜間に学んでいた。

 その頃の定時制高校に通う生徒の意識が紹介されている。それを見ると夜も勉強に通う目的は「学歴向上」ではなく、「教養を高める」が圧倒的に多かった。多くの人が「教養」に憧れていた時代を象徴している。しかし、その背景には定時制高校を卒業しても、勤務している会社が「高卒」扱いしてくれなかった事情があった。「中卒」採用者はその後高校を出ても資格がアップされなかったのである。企業内に設けられた「養成所」などの採用者も、以後どんなに頑張っても資格は中卒に抑えられた。一方、定時制高校に通わせて貰えない就職者も多かった。非常に複雑な重層的な差別構造があって、貧しい階層の若者はそれにとらえられていた。

 1970年代になると、全日制高校進学率が9割ほどになる。そうなると、「家が貧しいから夜間に学ぶ」という生徒が少なくなり、学力的に合格できないから行くという生徒が増えてくる。そして、今度は全日制高校の中で、進学校と底辺校、普通科と職業科といった「差別」が生じるのである。70年代に入ると、「教養」そのものが消え去っていった。しかし、著者は中高年世代の「歴史雑誌ブーム」、古代史や戦国大名などの特集が売れるという状況に「教養ブーム」の残滓を見ている。

 自分の体験から言っても、現在の「定時制高校」は外国人障がい不登校中退といった生徒像が無視できない。「教養」ではなく、「高卒資格を得る」ことが通学の目的だろう。そういう現在地点から見て、ほとんど「考古学」とでも言える本である。考えてみれば、もう自分の世代には「教養」への憧れのようなものが無くなっていた。しかし、その善し悪しはあるだろう。西洋の哲学者や文学者を日本の現実と切り離して、ただ読んでいるという「教養」はいらない。

 しかし、「フェイクニュース」を見抜くための最低限の歴史や法律、自然科学(物理学や生命科学など)の知識を身につけているかどうか。学校を出ても、それらの知識をアップデートしているか。やはり、それは「教養」と呼ぶしかないものではないか。何でも血液型で判断したり、調べればすぐ間違いと判ることを検索もせずにリツイートする人は、やはり「教養に欠ける」という言葉がふさわしいような気がする。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする