尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「レールの向こう」と「あなた」ー大城立裕を読む③

2020年10月13日 20時20分03秒 | 本 (日本文学)
 現代沖縄を代表する作家大城立裕が齢90歳を超えてまだ健在なので、少しずつ読んでみるシリーズ3回目。今回は地元の図書館で借りた最新の2冊。「レールの向こう」は2015年に第41回川端康成賞を受賞した。川端賞は短編に贈られる賞で、2018年まで44年間にわたって存続した。大城氏は1925年9月生まれだから、なんと89歳での受賞だ。短編という性格から、これまで70代の受賞者は何人もいるが、もう90歳に近い受賞というのはすごい。
(「レールの向こう」)
 表題作は著者初めての「私小説」という。妻が脳梗塞で入院した日々を描いている。「レールの向こう」のレールとは、現在の沖縄には一つしかない鉄道である「ゆいレール」のこと。空港と首里方面を結ぶモノレールで、首里の二つ手前が「市民病院前」。そこに入院して窓からレールが見えるのである。妻のこと、二人の息子のことなどが病状とともに語られていくが、途中で別の知人の話に飛ぶ。毎回のように沖縄の文学賞に船をテーマにした作品を送っていたが、訃報が届き追悼文を求められる。書く余裕がない中で、何かと思い出してゆく。

 続く「病棟の窓」では今度は自分が転倒して入院する。一体どうなるのかと思うが、それでも頭がしっかりしていて小説化出来るんだからすごい。どっちも「私小説」でありながら、現代沖縄の生活がやはり反映されている名篇。全部私小説かと思ったら、残りは現実をベースにしながらも、フィクションになっている。「エントゥリアム」はハワイで苦労した親戚を訪ねる。題名は花のアンスリウムのこと。「天女の幽霊」はユタ(沖縄の民間霊媒師)が生きている沖縄の民俗を描いている。開発にあたって「ユタ」のお告げを悪用することもあるのか。沖縄(本島)を理解するには実に面白い短編だった。他に「まだか」「四十九日のアカバナー」収録。
(「あなた」)
 次の「あなた」(2018年)になると、3年経って妻は亡くなった。亡妻の追憶だけで成り立った私小説である。「亡妻記」というのは日本文学では少ない。これからは増えてくるかもしれないが、単純に年長の夫から先に死ぬというのが多くの男性作家に起きることだ。その後に残された妻や娘が、亡くなった作家の回想記を書くというのが普通のパターンである。さて大城立裕の場合、もちろん米軍統治下に結婚し子どもも生まれて、大城は公務員と作家の二足のわらじで活躍した。支えた妻の苦労を今になって推し量るわけだが、中でも若い頃に膵臓炎で福岡県久留米の病院で手術したことが妻の記憶に残り続けた。「久留米の雪」を最後まで覚えていた亡妻が哀切だ。

 90歳を完全に超えて書かれた今度の作品は、もう回想エッセイみたいな文章ばかりである。「辺野古遠望」は半世紀近く前に兄とドライブして辺野古周辺に迷い込んだ話。そこに建設会社を営む兄や甥の(基地の仕事をどう請けるかなどの)苦労が折々に語られる。「B組会始末」「消息たち」は自分の学校時代の友人を振り返る。B組会は沖縄県立二中、「消息」は上海にあった東亜同文書院の同窓生の話。著者が余裕がない暮らしの中、東亜同文書院に行ったのは沖縄県の援助制度があったからだ。その結果、中国で召集されたため、中国戦線は知ってるけど沖縄戦は経験しなかった。知人が沖縄を超えて全国にいるのも、そこへ進学したから。

 「拈華微笑」(ねんげみしょう)は仏教用語で一発変換できた。「以心伝心」みたいな意味だという。不可思議な父の追憶である。父は母を置き去りにして、首里で女性と暮らしていた。子どもたちは「おばさん」と呼んでいたが、父は「おばさん」にも見放されてしまう。それなりの仕事をしているのに、節約生活が出来ずに苦労が絶えない。そんな父の思い出を語っていく。「御嶽(うたき)の少年」は子ども時代に夏休みに村の祖母宅で過ごした日々の思い出。いずれも好短編で読みやすいけれど、さすがに年齢的にもピークを過ぎている感は否めない。

 大城立裕を読んでいるのは、沖縄を理解するためという目的が大きい。だがそれだけなら歴史や基地問題などを読む方がいいかもしれない。今回紹介した2冊は、沖縄を理解するという意味は大きくない。大城立裕を読んでいる人にしか意味がないとは思うが、日本語で創作を行う作家の最長老の一人の晩年の仕事に触れたかった。それでも前近代から現在まで、沖縄から日本、ハワイまで、身辺雑記を中心にしながらも、やはり広がりがある。沖縄独特の民俗習慣も出てくる。「本土」とはやはり相当異なった暮らしがある。今後も時々続ける予定。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする