ブックデザイナーの平野甲賀さんが亡くなりなったと知りました。

沢木耕太郎さんの『深夜特急』 題字が平野甲賀さん。
J・J氏の御本2冊 『ぼくは散歩と雑学がすき』1970年
『植草甚一読本』1975年 晶文社
けさ朝刊をみて知ったのですが、その訃報のスペースがあまりにちっちゃくてびっくりしてしまい、、 独特の描き文字で本を彩った平野甲賀さんのブックデザインの業績、 すばらしいのに…… たくさんの本の写真とともに記事が載っていてもおかしくないのに…… となんとなくもやもやしてましたが、 twitter を覗いたら 平野甲賀さんデザインの本がタイムラインにいっぱい並んで みなさん追悼されていました。
平野甲賀さんですぐに思いついた本を書庫から拾ってみました(写真) 沢木耕太郎さんの『深夜特急』はすぐに思い浮かんだのですが、 晶文社の創業時からほとんどの本の装丁を平野さんが手掛けられ、 ロゴマークの犀さんのデザインも平野さんのものだというのは、 きょう初めて知ったところです。 知らなかった…
そこで、 晶文社さんなら、、 と思って J・J氏の御本を引っ張り出してみたら ほんとだ、、 平野甲賀さんの装丁でした。 カッコいいJ・J氏にちなんだカッコいい装丁の本だとは思っていましたが いままで知らなかったです。
***
装丁、 ってものすごく大事なもの、というか ものすごく力を持っているものだと思います。。 レコードジャケットに対する思い入れと同じようなもので、 その本のいろんなことを語ってくれているし、 誘ってくれているし、、 そしてまた記憶のなかにその絵柄、 手触り、 時間、、 見た瞬間に思い出の場所へ連れて行ってくれる力も秘めている。。
植草甚一さんの2冊は 故郷の古書店に立ち寄ったとき、 お店のかたが私に薦めてくれました。。 日曜日でした。 やわらかい光がガラス戸から本棚に当たっていました。。 今思えば、 陽射しが本に直接当たっているのは本に良くないように思いますけど、、 でもそんな古本屋さんでした。。
何度もそこへ足を運んでいたので店主さんとは顔見知りでしたが、、 いかにも60年代を通り抜けてきたという感じの店主さんが J・J氏の本を薦めてくれました。 私は植草さんのことも、 ジャズのことも、 ほとんど知らない小娘でしたが、 それから30年くらい経ってだんだんと J・J氏が聴いた音楽や歩いた街のこと、、 少しはわかるようになった気がします。
***
本と本屋さんの記憶って、、 不思議とどこの本屋さんでこの本を買ったのか、 本屋さんのどの棚にどんな風に本があって手に取ったのか、、 なぜか位置の映像として記憶に残っていることがあるから不思議です。 すべての本ではないけど、、 でも場所と結びついている本はたくさんある。。
小学生のときから高校生にいたるまで、 よく出かけていた近所の本屋さん。
マンガの棚にはいつも大学生や高校生くらいの男の子が立ち並んでいて、、 でも立ち読みしてると怒られる。 私は一度も怒られたことが無かったけど、 その怒っている様子を常々見ているからおじさんのことがとっても怖かった。。 私はいつもマンガと反対の奥の文庫本の列に一直線に入っていって、 何十分も、 ときには一時間近くもかけて文庫本を選んでた。。 お小遣いが乏しいから、 一冊の文庫本を選ぶのにも時間がかかってしまうの。。 それも立ち読みの一種には違いないはずだけど、 でも一度もおじさんに怒られなかった。
、、 社会人になって 地元に就職してから、、
ある日 その本屋さんの奥さまに話しかけられた。 本屋さんのご主人は身体をこわされて入院されたとのことだった。 なぜか奥さまは私のことも覚えておられ、 私と会った事をご主人にも話したのだろう、、 二度目に会った時、 ご主人も私のことを覚えていて 「子供の頃 よく本を選びに来ていたね」と話したと教えてくれた。 私はおじさんと喋った記憶は一度も無かったのに、 いつまでもいつまでも文庫本の棚で選んでいる子供をきっと記憶しておられたのだと思う。。
(私は本屋さんではないけれど) 仕事をする立場になってみれば、 そういう子がしょっちゅう来ていれば覚えているものだと思うし。。 どんな本を買ったのかまで きっとおじさんは見ていたんだと思う。。 学校の図書館にはまず置いてないか、 置いてあっても学校では借りたくない本ばかり読んでた気がする。。 あぁ 恥ずかしい。。 でもどんな本を選んでもおじさんは何も言わなかった。
タブレットやスマホでも本は読めるけれど、、 場所と本の記憶、 人と本の記憶、、 そういうものは紙の本にかなうことは無いと思う。。
***
桜が満開です。
去年は入院先から一時帰るタクシーの窓から満開の桜を眺めました。。 今年もお花見はできないけれど、、 でも 身体のどこも痛くならずに過ごせているのだから 我が儘は言わない。。
今年も咲いてくれてありがとう。


沢木耕太郎さんの『深夜特急』 題字が平野甲賀さん。
J・J氏の御本2冊 『ぼくは散歩と雑学がすき』1970年
『植草甚一読本』1975年 晶文社
けさ朝刊をみて知ったのですが、その訃報のスペースがあまりにちっちゃくてびっくりしてしまい、、 独特の描き文字で本を彩った平野甲賀さんのブックデザインの業績、 すばらしいのに…… たくさんの本の写真とともに記事が載っていてもおかしくないのに…… となんとなくもやもやしてましたが、 twitter を覗いたら 平野甲賀さんデザインの本がタイムラインにいっぱい並んで みなさん追悼されていました。
平野甲賀さんですぐに思いついた本を書庫から拾ってみました(写真) 沢木耕太郎さんの『深夜特急』はすぐに思い浮かんだのですが、 晶文社の創業時からほとんどの本の装丁を平野さんが手掛けられ、 ロゴマークの犀さんのデザインも平野さんのものだというのは、 きょう初めて知ったところです。 知らなかった…
そこで、 晶文社さんなら、、 と思って J・J氏の御本を引っ張り出してみたら ほんとだ、、 平野甲賀さんの装丁でした。 カッコいいJ・J氏にちなんだカッコいい装丁の本だとは思っていましたが いままで知らなかったです。
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装丁、 ってものすごく大事なもの、というか ものすごく力を持っているものだと思います。。 レコードジャケットに対する思い入れと同じようなもので、 その本のいろんなことを語ってくれているし、 誘ってくれているし、、 そしてまた記憶のなかにその絵柄、 手触り、 時間、、 見た瞬間に思い出の場所へ連れて行ってくれる力も秘めている。。
植草甚一さんの2冊は 故郷の古書店に立ち寄ったとき、 お店のかたが私に薦めてくれました。。 日曜日でした。 やわらかい光がガラス戸から本棚に当たっていました。。 今思えば、 陽射しが本に直接当たっているのは本に良くないように思いますけど、、 でもそんな古本屋さんでした。。
何度もそこへ足を運んでいたので店主さんとは顔見知りでしたが、、 いかにも60年代を通り抜けてきたという感じの店主さんが J・J氏の本を薦めてくれました。 私は植草さんのことも、 ジャズのことも、 ほとんど知らない小娘でしたが、 それから30年くらい経ってだんだんと J・J氏が聴いた音楽や歩いた街のこと、、 少しはわかるようになった気がします。
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本と本屋さんの記憶って、、 不思議とどこの本屋さんでこの本を買ったのか、 本屋さんのどの棚にどんな風に本があって手に取ったのか、、 なぜか位置の映像として記憶に残っていることがあるから不思議です。 すべての本ではないけど、、 でも場所と結びついている本はたくさんある。。
小学生のときから高校生にいたるまで、 よく出かけていた近所の本屋さん。
マンガの棚にはいつも大学生や高校生くらいの男の子が立ち並んでいて、、 でも立ち読みしてると怒られる。 私は一度も怒られたことが無かったけど、 その怒っている様子を常々見ているからおじさんのことがとっても怖かった。。 私はいつもマンガと反対の奥の文庫本の列に一直線に入っていって、 何十分も、 ときには一時間近くもかけて文庫本を選んでた。。 お小遣いが乏しいから、 一冊の文庫本を選ぶのにも時間がかかってしまうの。。 それも立ち読みの一種には違いないはずだけど、 でも一度もおじさんに怒られなかった。
、、 社会人になって 地元に就職してから、、
ある日 その本屋さんの奥さまに話しかけられた。 本屋さんのご主人は身体をこわされて入院されたとのことだった。 なぜか奥さまは私のことも覚えておられ、 私と会った事をご主人にも話したのだろう、、 二度目に会った時、 ご主人も私のことを覚えていて 「子供の頃 よく本を選びに来ていたね」と話したと教えてくれた。 私はおじさんと喋った記憶は一度も無かったのに、 いつまでもいつまでも文庫本の棚で選んでいる子供をきっと記憶しておられたのだと思う。。
(私は本屋さんではないけれど) 仕事をする立場になってみれば、 そういう子がしょっちゅう来ていれば覚えているものだと思うし。。 どんな本を買ったのかまで きっとおじさんは見ていたんだと思う。。 学校の図書館にはまず置いてないか、 置いてあっても学校では借りたくない本ばかり読んでた気がする。。 あぁ 恥ずかしい。。 でもどんな本を選んでもおじさんは何も言わなかった。
タブレットやスマホでも本は読めるけれど、、 場所と本の記憶、 人と本の記憶、、 そういうものは紙の本にかなうことは無いと思う。。
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桜が満開です。
去年は入院先から一時帰るタクシーの窓から満開の桜を眺めました。。 今年もお花見はできないけれど、、 でも 身体のどこも痛くならずに過ごせているのだから 我が儘は言わない。。
今年も咲いてくれてありがとう。
