気ままに

大船での気ままな生活日誌

ぶらりアフリカ

2008-05-30 17:16:30 | Weblog
”ぶらりアフリカ”といっても、昨日みた映画”マリアカラス 最後の恋”のギリシャの海運王オナシスのように専用自家用ジェット機に乗って行ったわけではありません。JRのスイカで、ヨコハマまで行って、パシフィコ横浜で開催されているアフリカン・フェア2008を観てきただけです。でも、アフリカの雰囲気はアジアえました。

40ヶ国にのぼるアフリカ各国がそれぞれのブースで自国の特産物や手工芸品、楽器などの展示をしていました。コーヒーの試飲をしたり(ワインの試飲はなかったですが)、飴をもらってなめたり、めずらしい楽器をならしてみたり、民族衣装をなでてみたり(係の女性はなでませんでしたが)、結構遊んでしまいました。平日なので、アフリカ音楽の演奏会や踊りはありませでした(土日に計画されているようです)、それがちょっと残念でした。ボクの知人で仕事でアフリカに行って、すっかりアフリカ音楽にはまってしまった人がいます。ダーウィンじゃないけれど、ホモサピエンスの故郷はアフリカです、何か心の奥底で共鳴するものがあるのでしょう。

ボクはまだ人類の故郷、アフリカには一度も足を踏み入れたことがありませんので、ちょっとあこがれているところもあるのです。エジプトのピラミッドさえみていません。で、観光面からの展示もあればいいなと思っていましたが、ほとんどなかったです。もともと、隣りのアフリカ会議に合わせて開催していて、”アフリカ大商談会”と銘うっているように、ビジネス的な色彩の強い展覧会でした。そういえば、ジェトロアフリカビジネス創出支援コーナーもありましたし、日立製作所とか三菱とかの日本企業コーナーもあったです。ボクは、そんなことには無関係に、アフリカの匂いのする展示物ばかりみていました。

以下に、いくつかの展示物を。”ぶらりアフリカ”の雰囲気をどうぞ。

置物のたぐい。人類誕生の雰囲気が(笑)



楽器類。原始音楽の力強さがひびいてくるような。



手工芸品いろいろ。素朴なカンドー。



石、ガラス、陶磁器。




衣類。藍染めもあった。



南アのワイン。のみたかった。


6月1日(日)まで開催しているとのことです。アフリカ好きの人はどうぞおはこびください。6月1日ですと、横浜開港祭も同時に見学できます。ヨコハマ好きな人もどうぞおいでください。どちらの事務局からも1円ももらっていませんが、ボランティアで宣伝いたしました。


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田村隆一展 in 鎌倉文学館

2008-05-30 06:28:16 | Weblog
鎌倉文学館で”田村隆一、詩人の航海日誌”展が開催されていましたので、行ってきました。文学館前のバラ園も見頃になっていて、平日でしたが多くの人で賑わっていました。

ボクがこの詩人を知ったのは、こちらに引っ越してきてからです。図書館の地元作家コーナーでユーモア溢れる田村さんのエッセイをみつけ、ボクと同じ、飲んだくれの(笑)、面白い方だとゆうことを知りました。ただ、そこには彼の詩集はありませんでしたので、どんな詩をかかれたのか、一度読んでみたいなとづっと思っていました。それが、突然、去年の暮れだったと思いますが、田村さんの詩に遭遇したのです。それは、大船の本屋さんで立ち読みをしているときに偶然、手にした斉藤孝さんの”心の琴線にふれる言葉”とゆう本の中で紹介されていた、”木”とゆう詩でした。ボクと同じような気持ちの人がいる、とボクは最近、ほとんど本を買わないのですが、その詩を忘れないためにと、思わず買ってしまったのです。

田村さんは巣鴨で生まれ、小林秀雄、萩原朔太郎が講師でこられていた頃の明治大学で学ばれ、西脇順三郎やエリオットの影響を受け、平成10年に75才で亡くなるまで、700編を超える詩を発表されたとのことです。詩だけではなく、江戸、イギリス流のユーモア溢れるエッセイを書かれたり、アガサクリスティーの翻訳もあるそうです。鎌倉には47才のときから住み、現在は、小林秀雄と中原中也ゆかりの海棠のある、妙本寺にねむられています。今年で没後10年を迎えました。

展示場では、田村さんの、自筆原稿、著書、愛用品の数々、そして子供時代から晩年までの多くの写真の合間を縫って、いくつもの詩が紹介されていました。その中に、”木”もみつけ、うれしくなりました。何度も読み返し、改めていい詩だと思いました。そして、そのほかの詩も、ときどき立ち止まり読みました。”木”とは違う雰囲気の詩が多く、意外に思いましたが、こんな詩もちょっと心に残りました。

帰途 (田村隆一)

言葉なんかおぼえるんじゃなかった。
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きていたら
どんなによかったか

あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつとも無関係だ

あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌から落ちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう

あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんの少しの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる
。。。。。

木 (田村隆一)

木は黙っているから好きだ
木は歩いたり走ったりしないから好きだ
木は愛とか正義とかわめかないから好きだ

ほんとうにそうか
ほんとうにそうなのか

見る人が見たら
木はささやいているのだ ゆったりと静かな声で
木は歩いているのだ 空にむかって
木は稲妻のごとく走っているのだ 地の下へ
木はたしかにわめかないが
木は
愛そのものだ それでなかったら小鳥が飛んできて
枝にとまるはずがない
正義そのものだ それでなかったら地下水を根から吸い上げて
空にかえすはずがない

若木
老樹

ひとつとして同じ木がない
ひとつとして同じ星の光りのなかで
目ざめている木はない


ぼくはきみのことが大好きだ

・・・・・

ちょうど白雲木の花が盛りでした。


老木の根も盛りでした(汗)。


田村さんもまだ盛りでした。あばよ、カバよ、アリゲーター と。


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