気ままに

大船での気ままな生活日誌

浜松町駅の小便小僧

2011-10-07 13:54:28 | Weblog

先月、ブリュッセルの元祖・小便小僧をみて以来、いつかみた浜松町駅の小便小僧に再会したいと、ずっと、思っていた。でも、それをみたのは、三十年も昔のことだから、もしかしたら、このせちがない世の中、取り壊されているかもしれないという危惧もあった。昨日、上野に出かける東海道線の車中で、このことに、はたと気付いた。そうだ、今日こそ、と新橋で降りた。ひとつ戻って浜松町駅。

たしかホームのはずれに在ったはず。まず東京方面のホームの端に目をやる。ない。上りホーム側にもない。むむむ、少し不安になる。品川方面の上下線ホームは駅の連絡階段で遮られてみえない。まず階段の向こう、下りホームの品川寄りに行ってみる。ない!上りホームに目をやっても、それらしき像はみられない。むむむ、どうしたことだ。ますます不安になる。念のため上りホーム側に行って確認してみよう、と階段を渡る。

上りホームの品川寄りの端まで行ってみる。何にもない。さっきみた、向いホームにもないのを再確認。ふーとため息が出る。やっぱり、モンスター乗客かだれかが、あれをみると、おしっこがしたくなって困る、なんて投書なんぞして、またアホ駅長がその抗議をまともに受け取って、取り壊されたのかと、がっくりした。念のため、混み合うホームを東京方面の端まで歩いた。上下線のホームの両端にはやっぱりなかった。とぼとぼと戻る途中、な、なななんと、向こう側のホームに小便小僧が。それも女性に抱きつかれている(爆)。それは、駅舎の大きな柱のそばに立っていたのだ。ちょうど、それが目隠しになって、ぼくの視界を遮っていたのだ。それに、ホームの最先端ではなかった。ようやく、巡り逢えた。ぼくは、喜びいさんで、階段を昇り、降り、そして、小便小僧の前に来た。もうさっきの女性はいなく、1対1で向い合うことができた。小便小僧は勢いよく小便をしていた。うらやましい(汗)。そして、ここのは、ブリュッセルの小僧のようにまっ裸ではなく、お祭りの衣装を着ていた。お祭り小僧になっていた。まるで、祭り好きのぼくが来るのを知っていたかのようだ。ありがとう、小便小僧。

でも、本当に礼を言わなければならない人は、この人だろう。像の裏面に、歯科医 小林光、昭和2027年(ミスでした)寄贈とあった。えっ、ということは、小便小僧、お前はおれと同い年(で、これも間違いになります;笑)か。また親近感が増したのでした。

もしかしたら、江ノ電沿線にも小便小僧がいるかもしれない、という情報を手に入れた。この前、鎌倉の古本屋さんで買った、詩人、田村隆一のエッセー”僕が愛した路地”の中に、小便小僧の写真があったのだ。ただ、昭和55年前後のことで、今もあるのかどうか知らない。どうも鎌倉高校駅から七里ガ浜駅の間くらいらしいのだが。こんど、”小便小僧通り”(田村さんがな名付けた)を歩いて探してみようと思う。また、楽しみが増えた(汗)

江ノ電の小便小僧

 

ついでに、あとがきにあった、田村隆一の詩





 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大雅・蕪村・玉堂と仙/笑(わらい)のこころ 

2011-10-07 09:43:27 | Weblog

このところ、笑いの美術鑑賞がつづいている(笑)。福田繁男展(川崎)、トリック&ユーモア展(横須賀)、そして今回は出光美術館のお笑いだ。その間、ブログ記事にはしていないが、横浜のにぎわい座で落語と漫才も楽しんでいる(汗)。笑いは健康に良い、ということは医学的にも証明されているし、ぼけ防止にも効果があるそうだから、これからも、”ユーモア展”には率先して行こうと思っている。

今回の”ユーモア”展は、仙さんは分かるけど、大雅・蕪村・玉堂さんが何故、お笑い芸人なの?と不思議に思ったが、さすが企画する方は、頭がいい。大雅は”無邪気な咲(わら)い”、蕪村は”知的な嗤い”、玉堂は”達観した笑い”と、みな、”わらい”でくくってしまった。わらうという漢字もいろいろあるんだなと、改めて感心してしまった。

仙さんはどんなキャッチコピーがついているかというと、”笑わせてちくり/仙さんの茶めっけ”だ。たしかにそうだ。素直なお笑いをお求めの方は、やっぱり仙さんですね。ぼくも好き。昨年、ここであった、”仙/禅とユーモア展”でたっぷりみせてもらった。今回の展示品には、”指月布袋画賛”などのエース級はいなかったが、恵比寿さまが鯛を釣り上げ、大喜びしているのとか、鬼が大口開けて、大笑いしている図など、おおいに楽しめた。それに、亀にそっくりな石とか、天然の硯なども展示されていたが、これは仙さんのコレクションだそうだ。こんな趣味があったんだ、とまた仙さんが好きになった。

大雅と蕪村は、いつかトーハクの”巨匠対決展”で文人画の両横綱として対決していた。今回はお笑い対決だが、ユーモアを感じさせる絵は大雅の方に多いから、こちらに軍配をあげたい(笑)。妙心寺退蔵院の”瓢鮎図”を元にした大雅作”瓢鯰図”。ここでは巨大な瓢箪と鯰にしがみつくような禅僧の絵になっている。おもわず、ふふふ。”山邨千馬図”、山一面に馬また馬、千匹もいる。友人に馬市の絵を描いてくれと言われ、その場で(たぶん飲み会で)描いたという。大雅の人柄が伝わってくるようだ。これはまじめに描いた”十二ヵ月離合山水図屏風” 六曲一双の大作。月ごとの景色の移り変わりが楽しい。一年は早い、もう十月も半ばに入っていく。金木犀の香りが漂い、年賀状の印刷案内が届いた。はあ(ため息)。

蕪村と玉堂は無理して笑ってやった(爆)。嵐山の花見の”筏師画賛”、六曲一双の”山水図屏風” 春の海ひねもすのたりのたりかなの風情だった。”知的な笑い”というよりも”のたりのたり笑い”だった(笑)。玉堂の絵は、”ぐぐぐ、むにゃむにゃ、なにくそ、なにをいうか、あほさいばん、あほますこみ えい”、といった絵ばかりだった。とても”達観している笑い”とは感じられなかった(爆)。でも、”春山雨意図”、”雙峯挿雲図”、”籠煙惹滋図”などは良かったです。

いろんな笑いを楽しめる展覧会だった。10月23日までです。

仙 鯛釣恵比須画賛



大雅 瓢鯰図



蕪村 山水図屏風



玉堂 籠煙惹滋図

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする