みどりの一期一会

当事者の経験と情報を伝えあい、あらたなコミュニケーションツールとしての可能性を模索したい。

晩春の庭の花たち/近聞遠見:信なくば立たず、である=岩見隆夫のコラム(毎日新聞)

2008-06-01 22:06:41 | 花/美しいもの
1月中旬に体調を崩して以来、「む・しネット」も通信も休業、
その後、母の手術・入院とあわただしく過ごし、
母も全快して、そろそろ復活しなくては、と思いながら、
何をするでもなく毎日が飛ぶように過ぎていく。

アップしたいと思っていた花の画像や記事もたまっていくばかり。
読みたくて買ってきた本も山積み。

スミレやタンポポ、あぜの花など早春の野の花は紹介しないうちに
影も形もなくなって、飛んでいってしまった(笑)。


と言いわけしながら、梅雨に入る前に、
もう終わってしまった(かもしれない)晩春の花たちを紹介します。

ジャーマンカモマイルとコーンフラワー
  
昨年のこぼれ種で自生しています。


ウンナンオウバイ(雲南黄梅)と八重山吹
  
久留米ツツジと霧島ツツジ。
  
ベニバナヒョウタンボク
  

玄関横には冬を越したタピアンが紫のじゅうたんのよう。
写そうとしたら、蝶々まで飛び入り参加。
  
優雅なシランとシャガの花姿。
  




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以下は、紹介しようと思っていた新聞記事。
岩見隆夫さんのコラムです。

 近聞遠見:信なくば立たず、である=岩見隆夫  
毎日新聞 2008年5月24日

 当コラムがスタートして約19年になるが、憤りをこめて書くのは今回が初めてである。こんな情けない政治を目のあたりにしようとは、思いもしなかった。
 テレビ番組で、後期高齢者医療制度をめぐり、息子のような年齢の自民党議員と何度かやり合った。
 「この差別的な制度は、高齢者の琴線に触れた。政治の重大な失敗だ。戦後最悪の下策、止めてやり直すしかない」
 と私が主張したのに対し、議員は、
 「感情論でしょう」
 と反論する。
 「もちろん感情論だよ。感情がいちばん大事なんだ」
 と答えたが、それは感情的になる、というときの感情ではない。情の大切さのことであり、何を大事に思うかの感性の問題だ。
 あと3年2カ月ほどで<後期>の仲間入りをする福田康夫首相だから、高齢社会への理解も深いはず。これほどの国民的反発にさらされて、制度のいったん凍結を決断するに違いない、と私はみていた。だが、残念なことに、その気配はない。
凍結を求める自民党の堀内光雄元総務会長が先日、福田と会い、資料を示して説明したところ、福田は、
 「こういうのは(役人から)出てこねえんだよ。今日はよく分かった」
 と述べたそうだ。民放テレビで堀内が明らかにしている。福田は制度の核心を理解していなかったのか。
 また、19日の自民党役員会で、福田は、
 「高齢者に冷たいという印象を与えている。雰囲気を和らげるように、政策作りに着手してほしい」
 と指示した。やはりKY(空気が読めない)首相である。印象レベルの話なら、こんな騒ぎにならない。毎日新聞の世論調査では、自民党支持層でも、制度を評価しない(64%)が評価する(28%)の倍以上、身内も反対しているのだ。
 同じ日、政策の一例として、福田は保育ママのように、保育ジジ、保育ババはどうか、と記者団に言った。後期高齢者を<長寿>に言い換えろ、と指示した感覚と共通する。
 福田は制度の本質を直視していない。あるいは直視するのを逡巡(しゅんじゅん)している。政治の手法はときに冷厳であっていい。だが、国づくりの基本は最大多数の最大幸福を目指す<ぬくもり>ではないか。
 いかに制度論として理屈が通っていても、人生の最終コーナーを力走中の75歳以上を隔離する無神経と非情は許せない。民主党の最高顧問、きょう76歳の誕生日を迎えた渡部恒三の、
 「あなたはこの世に必要ない、生きているのが迷惑だと言われたみたいで不愉快、ゼニ・カネでなく、心の問題だ」
 という怒りは核心を突いている。
 見直しの作業は糊塗(こと)策にすぎない。舛添要一厚生労働相が一昨日もテレビ画面で訴えていた。
 「批判には謙虚に耳を傾け、改善すべきは改善する。しかし、根幹は守らないと。理念と方向性は間違っていない」
 さすがに学者政治家は言葉がうまい。だが、浮いている。謙虚とは何か。理念とは何か。根幹に反対しているのが、なぜわからないのか。
 信なくば立たず、という政界慣用語が、いまにして精彩を放つ。政府と与党は信を失いつつある。
 高齢者を弱者とみてバカにしてはいけない。不信が日増しに深まりつつあるのを知るべきだ。そのうち、ほとぼりがさめるとタカをくくっていたら、こんどばかりは墓穴を掘る。
 山口2区補選だけではない。(敬称略)=毎週土曜日掲載
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 岩見隆夫ホームページ
http://mainichi.jp/select/seiji/iwami/
毎日新聞 2008年5月24日 東京朝刊

岩見 隆夫(いわみ・たかお)
 毎日新聞東京本社編集局顧問(政治担当)1935年旧満州大連に生まれる。58年京都大学法学部卒業後、毎日新聞社に入社。論説委員、サンデー毎日編集長、編集局次長を歴任。
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療養病床:削減を断念「25万床維持必要」 厚労省 
毎日新聞 2008年5月24日 

 長期入院する慢性病の高齢者向け施設である医療型「療養病床」(25万床)を11年度末までに4割減らす計画について、厚生労働省は削減を断念し、現状維持する方針に転換した。都道府県ごとに需要を調査した結果、25万床前後の確保が必要と判断した。厚労省は療養病床削減により医療給付費を3000億円削減する方針だったが、今回の計画断念で高齢者の医療費抑制政策全般にも影響を与えることは必至だ。
 政府は06年2月、「入院している人の半分は治療の必要がない」として、当時38万床あった病床のうち介護型療養病床(13万床)を全廃し、医療型療養病床を4割減らして15万床にする方針を決定。達成に向け、「医療の必要度が低い」と判定された人の入院費を減額し、そうした入院患者を多く抱えていた場合は病院経営が成り立たなくなるようにした。
 しかし一連の病床削減策は、入院先を求めて住み慣れた地域をやむなく離れたり、自宅にお年寄りを引き取った家族が介護に悲鳴を上げるケースなどを生んだ。「患者追い出しを誘導し、行き場のない医療難民を大量に生む」との強い批判も招いた。
 このため厚労省は07年4月、医療型療養病床のうち回復期リハビリ病棟(2万床)を削減対象から外したうえで、都道府県を通じて実情調査。必要とする療養病床数を積み上げたところ、当初計画を7万床上回る約22万床に達することが判明した。一方で削減対象から外したリハビリ病棟は今後少なくともいまの1.5倍、3万床程度は必要になるとみられている。需要数を合わせると現状と同じ25万床前後となり、削減計画の見直しに追い込まれた。【吉田啓志】

 【ことば】療養病床
 慢性病の高齢者向け長期入院施設。ピーク時の06年2月には、医療保険が適用される医療型(25万床)、介護保険適用の介護型(13万床)の計38万床あった。双方の入院患者や施設の実態に違いはないと指摘される。厚労省は、医療の必要性がない社会的入院の受け皿となっているとみて、高齢者の医療費抑制のため削減する考えだった。
(2008.5.24 毎日新聞)


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いとしのオオヤマレンゲ/『ポスト消費社会のゆくえ』(辻井 喬, 上野 千鶴子/文芸春秋)読みました。

2008-06-01 00:58:29 | 花/美しいもの
オオヤマレンゲが好きです。

いつまでたっても白い卵のようなつぼみのまま。


東京から帰った日、いとしのオオヤマレンゲが咲いていた。

  

  

  



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今日、上野さんから本(最新刊)が届きました。

ちょうど監査請求関連の新聞記事をブログ用にタイプしていたのですが、
もちろん、ブログをほっておいて、一気に読みましたよ。

 
『ポスト消費社会のゆくえ』文春新書

なんという偶然でしょう。

新聞広告に出ていたこの上野さんと辻井喬さんの対談が読みたくて、
わたしはきのう、監査請求提出後に県庁の本屋に探しに行ったのです。

『ポスト消費社会のゆくえ』(辻井 喬, 上野 千鶴子/文芸春秋) 
■内容紹介■
戦後日本の消費社会の実像と、ポスト産業社会のあるべき姿を問う。
社会学者・上野千鶴子氏と元セゾングループ総帥の白熱の対談!
上野千鶴子さんといえば女性学のパイオニアとしてその名を知られていますが、
じつは知る人ぞ知る百貨店史の研究者。
四半世紀にわたり外側から「堤清二とそのグループ」を見つめてきました。
本書では辻井喬(堤清二)氏へのインタビューを通して、
セゾングループの誕生から解体までを徹底検証。
一百貨店の歴史を超えて戦後消費社会の実像までをも炙(あぶ)り出します。
最終章では、消費社会が終焉を迎えつつある今、
何を指標に社会(ビジネス)を再構築していくか、その手がかりも探りました。(KY)
 



辻井 喬
「私がいまか感じている危機管理の実態は何かと申しますと、世界が産業社会の終末を迎えているということです。(中略)日本市場のスケールの縮小と、経営者の堕落は相当なスピードで進んでいるんです。ですから日本の市場経済もどこかに対抗軸をつくっておかないと、止めどなく堕落するだろうと思っています」

上野千鶴子
「この機会に、セゾングループの失敗を検証させていただきたいと思います。(中略)後知恵にすぎませんが、四つのシナリオを用意しました。・・・・第一、セゾングループの失敗刃その体質にある。第二、グループ内の一部の失敗のダメージが谷は給した。第三、この失敗は総帥・堤清二の経営責任にある。第四、堤清二のパーソナリティに問題がある」


予想通り、とてもおもしろい本でした。
最近読んだ対談の中では、ぴか一です。

わたしなかで、セゾンと西武を混同していたことや、
「セゾンの失敗」のなぞが解けたところも多くてよかったが、
それはひとえに、辻井さんの赤裸々な語りを引き出した
上野さんの力量によるところが多いと思う。

辻井さんに直接関係ないとはいえ、
80年半ばから90年代のセゾングループの繁栄と失敗の歴史は、
そのまま、バブル期の、リゾード開発やゴルフ場開発に翻弄された
地方に住むわたしのたたかいの歴史と重なり合い、読みながら泣いた。

辻井喬(堤清二)さんは、堤義明氏率いる西武鉄道グループ(コクド)に
一線を画してセゾングループをつくったそうだが、
バブルの絶頂期、「泣く子も黙る」西武鉄道グループが、
新手の土地ころがしの悪名高き「あのセイブ」であり、
その存在がどれほど地方をズタズタに引き裂き苦しめてきたことか、と。

こんな理不尽な時代は長くはつづくわけがないと思っていた矢先、
バブルがはじけて、西武グループが破綻した。
堤氏が「ゴルフ場は全国で2000を越えるとつぶれる」と予言したとおりに。

西武グループが解体された時、心底ほっとしたが、
その「つけ」は、開発が頓挫した後にやってきた
産廃に形をかえて今も地方が払い続けている。

わたしも、「消費バブル社会」を、西武グループの光と影を、
影の部分から見つめてきたひとりである。


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