3月の発売と同時に買って読んだ。
著者が、ブータンという小国に魅せられて、書いた本だ。
じつはわたしもずっと、ブータンという国が好きで気になっていた。
文体も簡潔で、新書版という読みやすい本だけど、
しずかに、深く、わたし自身に生き方を問いかけてくる本。
『ブータンに魅せられて』
(今枝由郎/岩波書店/2008.3/740円)
「国民総幸福」を提唱する国として,たしかな存在感を放つブータン.チベット仏教研究者として長くこの国と関わってきた著者が,篤い信仰に生きる人々の暮らし,独自の近代化を率いた第四代国王の施政など,深く心に刻まれたエピソードをつづる.社会を貫く精神文化のありようを通して,あらためて「豊かさ」について考える.
帯には、
「よりよく生きる、とは? より人間的である、とは?
「国民総幸福」という理念はどのようにして生まれたか」とある。
書評もたくさん出ているので、ぜひ、手にとってお読みください。
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『ブータンに魅せられて』今枝由郎 岩波書店 740円 評・榧野信治(本社論説副委員長) 読売新聞「よみうり堂」2008年6月2日 97%が「幸せ」な小国 書評する前に、世界地図をつらつら眺めた。チベットとインドに挟まれ、ヒマラヤ山脈の南側にへばりつくのがブータンだ。面積は日本の九州程度。人口60万人の小国である。 本著はブータンに対するオマージュといえるが、著者自身の動きもなかなか読ませる。大学でチベット仏教を学んでフランスに留学。1975年に訪仏したブータン宗教界の一行と知り合い、当時、鎖国状態だったブータン訪問を思い立った。翌年、ニューデリーのブータン公館を訪ねてビザ発行を請求したが、3か月間待ってもかなわなかった。同じようなことを5年も繰り返し、本格的に入国できたのが81年だったというから、相当な粘り腰の持ち主だ。 入国後、ひょんなことから国立図書館の顧問に就任し、図書館の新築やシステムの整備などを手がけ、10年間も長居した。なにやら現代の浦島太郎を思わせる。その体験と直近の動きを交えて本著を書き上げた。 ブータンは一言でいうなら、極端な近代化を避けながら伝統文化を守り、自然との共生を図る環境志向の国だ。それは、前国王が語った「GNH」という造語に象徴される。GNP(国民総生産)ならぬ国民総幸福=グロス・ナショナル・ハピネス。目指すべきは経済成長ではなく、国民の幸せだという意味である。 ブータンは道路や飛行場といったインフラ整備より、森林や農地の保全を優先している。最大の産業は水力発電だ。大規模ダムは造らず、急斜面を流れ落ちるヒマラヤの雪解け水などをうまく使って発電する。その電力をインドに輸出し経済を支える。ナイルの賜物(たまもの)がエジプトなら、ブータンはヒマラヤの賜物である。 観光公害を防ぐため、登山も禁止する。国民は仏教に帰依し、伝統的な民族衣装を身にまとって暮らす。この結果、国民の97%が幸せだと答えた(2005年の調査)という。まさに、世界に幸せのあり方を問いかける国なのだ。 ◇いまえだ・よしろう=1947年愛知県生まれ。仏国立科学研究センター研究ディレクター・東洋仏教史。 岩波新書 740円 (2008年6月2日 読売新聞) --------------------------------------------------------------------- ブータンに魅せられて [著]今枝由郎 朝日新聞 2008年5月25日 [評者]小杉泰(京都大学教授・現代イスラーム世界論) ■生産よりも幸福をめざす国の素顔 しきりとチベット問題が話題になっているが、チベット仏教文化圏は非常に広い。中でもブータンには、チベット仏教の伝統が色濃く残されている。著者はそれに惹(ひ)かれてブータンを訪れ、政府の顧問として10年も滞在し、その後もこのヒマラヤの高地の国と深くかかわってきた。 それにしても、著者が最初に訪問を企てた30年前のブータンは鎖国中で、有力なツテがあっても3年近くかかってようやく入国できたというから、その徹底ぶりには驚く。 今でもブータンは出入国管理が厳しく、観光客の流れさえも徹底して抑制している。美しい自然と仏教文化に根ざした社会を守ることを国是として、GNP(国民総生産)ではなくGNH(国民総幸福)をめざしてきた。世界中が開発に毒されている昨今、これはブータンの賢明な生き残り策と言える。本書には、暮らしに根付いた仏教について、興味深い記述も多い。 さらに、先代の国王による上からの民主化と自主的な譲位を描いている。時代を先取した国王への著者のまなざしは、個人的な交わりのゆえもあり温かい。 実は評者の勤め先でも、ブータン人の留学生が帰国中に、民主化の中で上院議員として今春当選した。新時代のブータンと日本のいっそうの交流を望みたい。 (2008年5月25日 朝日新聞) |
今週の本棚:中村達也・評 『ブータンに魅せられて』=今枝由郎・著 毎日新聞 2008年4月20日 ◇近代化を制御する小国の幸福 ヒマラヤ山脈の東の麓(ふもと)に位置する人口六〇万ほどの小王国ブータン。農業と牧畜を中心とするこの仏教国は、ときに最後の秘境などと呼ばれて関心を呼んだことはあったものの、一般にはほとんど知られることがなかった。ところがこの数年、しばしば新聞紙上にも登場するようになった。 「GNP(国民総生産)ではなくGNH(国民総幸福)こそが目標」と語った国王の発言が、改めて関心を呼ぶようになったからである。国王がこう語ったのは、一九七六年のこと。第五回非同盟諸国首脳会議後の記者会見でのことであった。しかし、世界の最貧国の一つの、即位後まもない二一歳の最年少国家元首のこの発言は、少々風変わりな理想論くらいにしか受けとめられなかった。 その後の先進諸国のたどった道筋の中で、若き国王のその発言が今更ながらに浮かび上がってきた。七〇年代頃(ごろ)を境に、先進諸国では経済成長と豊かさとのつながりに疑問が投げかけられるようになった。GNPに代えてNNW(国民純福祉)を、HDI(人間開発指数)を、あるいはGPI(真の進歩指標)をといった具合に、GNPでは掬(すく)いきれない要素をあれやこれや組み込んで、豊かさを新たにとらえ直す試みが重ねられてきた。例えば、イギリスのレイチェスター大学による世界一七八カ国のGNH調査。この分析で第一位にランクされたのはデンマーク、第二位がスイス……と続き、ブータンが第八位でアジアではトップ。ちなみに日本は第九〇位であった。 長らく鎖国政策が採られてきたために、この国を訪れた人はごく限られていた。チベット仏教研究家である著者のブータン訪問も、もちろん短期の予定であった。ところが偶然にも、ブータン国立図書館の顧問となって一〇年間を過ごすこととなった。研究の対象として眺めていたはずのこの国に、すっかり魅せられていったその様子が具体的に伝わってきて、思わず一気に読み終えてしまった。 ブータン国民はその大多数が敬虔(けいけん)な仏教徒。生活のあらゆる領域で伝統を重んじ、仏教を中心に据えた暮らしを尊ぶ。先進諸国の物的な豊かさとは別の和やかさと落ち着きに、著者はすっかり引き込まれてしまった。最貧国といわれた国の中のこの充足感。そんなブータンにも近代化の波は押し寄せる。しかし、伝統的な暮らしを護(まも)るために、近代化のスピードを意識的にコントロールする。自動車道路の建設は限定し、定期航空便の開設は八三年、テレビ放送もようやく九九年になってから。一方、教育と医療は原則無料。観光公害を防ぎ信仰の対象である聖なる山を護るために、外貨収入を諦(あきら)めても登山永久禁止令を定める。プラスチック製品の使用を制限し、禁煙国家宣言をし、国土の六割以上の緑を維持する法律を制定。 もちろん、これには強力なリーダーシップが必要で、その中心になってきたのが国王であった。その国王自身が自ら行政権を譲り、憲法の制定による議会制民主主義への道筋を作った。周囲の反対を押し切って国王の罷免権を議会に与え、国王の定年を六五歳と定めた。そして、その定年のはるか前に自ら譲位。私はふと、数ケ月前に偶然にテレビで見た、ブータンを旅した日本人冒険家のつぶやき、「先進国の腐敗した民主主義がいいのか、賢明なる王政がいいのか」を噛(か)みしめたことであった。こんなブータンが、グローバル化が進む世界の中で、どんな舵取(かじと)りをしてゆくのか。この国は、今年、新憲法が発布され初の総選挙を経て議会制民主主義へと進む。 (毎日新聞 2008年4月20日) |
『ブータン--変貌するヒマラヤの仏教王国』(大東出版社/1994)もある。
ブータンをもっと知りたい人のためには、
ブータンの歴史から、文化、社会、政治、経済、宗教…などを、
60項目で紹介するブータン概説
『現代ブータンを知るための60章』
(平山修一著/明石書店/2005年4月)もおもしろいです。
80年代前半、ブータンのお隣りのネパールのカブレから、
ビシュヌ・アディカリさんという男性を、半年ほど、
岩村昇さんが提唱するPHD協会に協力して、
有機農業と平飼い養鶏の研修生として受け入れていた。
ブータン、チベット、ネパールなどヒマラヤの山岳地帯に連なる国が好きなのは、
アディカリさんを思い出すからかもしれない。
激動のネパールで今ごろ、どんな暮らしをされているのだろう。
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