阿部襄先生が書いた『庄内の四季』は愛読書のひとつだ。山大の農学部の教授だった阿部先生は、教壇で「生物学」の講義をした。その朴訥な風貌と語り口は、今も脳裏から消えずにある。家は鶴岡にあり、その鶴岡の四季を書いたエセーがこの本である。
その本のなかで、阿部先生は「フキノトウ」について書いている。昨日、野山で採ったときのうれしい感じが、とてもよく表現されているのでここに引用してみる。
「水田の雪は、日ごとに消えて、土手の枯れ草が現われると、もう、その辺にフキノトウの蕾が見えてくる。まだ、先が赤紫がかった葉で包まれて尖っているが、こんなのが、こちらに二つ、少し離れて三つと見えてくると、子どもたちは土手に、フキノトウ採りに行く。採って食べるためというよりは、懐かしいので採ってみるのである。フキノトウのプンと香るあの匂いは、春の匂いである。」
そして子どもたちが採ってきたフキノトウを、大人たちが食卓に出して食べるまでのこだわりを書いている。
「一番外の葉だけ取って、あとはこ小鍋で茹でておひたしにする。そして、まだ、フキノトウの香りがついている手で、茹でたのを、小皿に盛りつける。夕餉のとき、お醤油を少しかけて食べると、ぷんとくる春先の香りとほろ苦い味が懐かしい。すこし、きど過ぎると感じたときは火鉢の灰を一つまみ鍋に入れる。これだけで子どもも食べられるまろやかな味になる。」
フキ味噌も庄内では、バッケ味噌と呼ばれて珍重される。塩茹でしたフキノトウを刻み、同量の味噌に胡桃を摺り、味醂を加えたものに刻んだフキノトウを混ぜ合わせる。阿部先生が紹介したフキノトウのおひたしとともに、庄内の朝ごはんの友にどこの家でも作られている春の味である。