この松がどんな種類のまつか、調べてみても分らない。実ができ始めたばかりであることは見てわかる。この松かさに実が入るまでには、夏を越し秋風が吹くのを待たねばならない。できたばかりの松かさがこんなに美しいものであることを実感したのはじめてだ。今にも雨が落ちてきそうな散歩道で見かけた。
井伏鱒二の『厄除け詩集』に松の実を読んだ漢詩を訳したものがある。
ケンチコヒシヤヨサムノバンニ
アチラコチラデブンガクカタル
サビシイ庭ニマツカサオチテ
トテモオマヘハ寝ニクウゴザロ
原詩を見ると
懐君属秋夜 君を懐うは秋夜に属し
散歩詠涼天 散歩して涼天に詠ず
山空松子落 山空しうして松子落ち
幽人応未眠 幽人まさに未だ眠らざるべし
井伏鱒二は、唐の詩を自らの友人に引き寄せ、詩を詠むことを文学談義に置き換えた訳詩だ。この訳が成功しているかは、読む人の胸に響くかいかんにかかっている。詩吟を習ったばかりのころ、松の実と松かさを区別して語り合った。松の実は松かさが弾けて落ちてくるのだから、よほど静かで風もないところでかすかに聞えるのではないか。いや、これは松かさが落ちたかさりという音だろうと、意見が食い違い結論は出なかった。