紅花を見たのは昭和40年ころのことであったと思う。借家の小さな庭に紅花の種をもらって蒔いたのが咲いた。その庭は肥料けもなく、芽を出した紅花はひょろひょろとして今にも倒れそうなあんばいであった。それでも7月になると花芽が出て、オレンジ色の花をつけた。そのとき、紅花がこれほど由緒のある歴史の花であることは知る由もなかった。
『源氏物語』に「末摘花」の一巻がある。光源氏は内裏に仕える色好みの大輔命婦という女房から故常陸宮の姫が父亡きあと侘しく暮らしているという噂を聞く。この姫は末摘花というのだが、琴の名手であった。荒れ果てた旧宮の屋敷で聞える末摘花の琴の音は、風情がよく源氏の恋心をかきたてた。二人の逢瀬は闇のなかで、源氏は姫の容姿を見ぬまま契りを結んでしまう。
なつかしき色ともなしに何にこの末摘花を袖に触れけむ 光源氏
明るい日のもとで姫を見た源氏は驚いた。顔がやたらに長く、しかも鼻の先が真赤だったのだ。末摘花は紅花の古称である。染物に花の先だけを摘んで染料にしたのでこう呼ばれた。源氏は姫の顔を見て、心惹かれるれる色でもないのにどうしてこの末摘花に近づいてしまったのだろうと悔やんでいるのだ。歌では花に鼻を暗示させている。だが、源氏の寛容なところは、そんな容貌の姫であったが、その境遇に同情して長く面倒をみたのであった。
「おくの細道」の旅で、出羽を歩いた芭蕉も、尾花沢から山寺へ向かう道で紅花を見ている。
まゆはきを俤にして紅粉の花 芭蕉
まゆはきは白粉をぬったあと眉についた白粉を払うのに使った小刷毛だ。紅花の姿をこの刷毛に見立たのが芭蕉の句である。紅花は最上特産のもので、江戸にかけて、この染料の原料に使う紅花を扱う商人は、独占的に価格をあやつり巨万の富を得た。最上紅は着物の染料にするほかに、唇にさす紅としても使われた。