昨日の大雨で田に引く水路があふれるように水が踊っていた。旱魃でダムの水が干上がったという報道も、この大水で吹き飛ばされたような感である。だが水のありがたみを語る奇談がある。19世紀末のエジプト砂漠での話である。
エジプト砂漠を駱駝に荷を積んだ隊商が通っていた。そこへ突如、砂丘のかげから盗賊団が現われ、キャラバンの隊員は皆殺しにされ、物資も金も全部盗られてしまった。ところが、奇跡的に隊長のハメッドと駱駝飼育係のハッキャという貧しい男の二人だけが奇跡的に助かった。彼らは、その時たまたま、本隊からすこし離れたところを歩いていたからだった。
さて二人は助かったはいいが、駱駝もなく、砂漠のまんなかに放り出されのだから、ここで生きのびるのは並大抵のことではない。水筒に残った水をチビチビと舐めるようにして口を潤していたが、やがてその水も尽きようとしていた。一番近いオアシスまで15キロ、この時点でハメッドは水筒の水を全部飲んでしまった。ハッキャの水筒にはあと一口分だけの水が残っていた。一方は金持ち、一方は貧乏人。ハッキャにとっては、この一口の水は商品であった。ハメッドの腰には500万円のフランス金貨がぶら下がっていた。
ハッキャは水と金貨を交換しようと申し出る。ハメッドは渇きに耐えかねていたからこの申し出を受け入れた。ハッキャはビジネス精神に富んだ人間であったから、500万円と水筒の水を交換する契約書も要求した。ハメッドはこの条件も受け入れ契約書を作って署名した。ハメッドは史上最高の高値というべき一口の水を飲み干すと二人はオアシスを目指して出発した。あと300メートル、彼らはオアシスが望見できる地点にたどりついた。だが、そこで二人は力尽き、脱水症状は極限に達して倒れこみそのまま死んでしまった。
二人の遺体は程なく発見されたが、ここで交された契約書が威力を発揮した。ハッキャの遺族はこの契約書に基づいて金貨を手に入れることができた。こんな奇談の存在をよそに、いまエジプトでは危機的な状況に苛まれている。エジプト軍によるクーデターの混乱は、暫定政権ができたものの、出口もみえないまま今日も続いている。