平安京の内裏の正殿を紫宸殿という。ここは南殿とも呼ばれ、宮中の儀式や公事を行う中心的な場であった。桧皮葺きの屋根の入母屋造りの建築である。母屋中央に天皇が着座する高御座があり、庭には左近の桜と右近の橘が植えられている。
源氏物語の「花の宴」は、この紫宸殿の桜の盛りに催された。桐壺帝はこの宴を盛り上げるために、雅楽や舞を準備させた。帝は「春鶯囀」という舞が気に入ったので、光源氏にその舞を所望した。これは襲装束の鳥兜をつけ、諸肩を脱いで4~6人で舞う独特の舞である。帝の所望に断りきれず、光源氏はゆるやかに袖を翻すほんのひとさしだけを舞った。
宴席で義父である左大臣は、その舞のすばらしさに思わず落涙した。宴は、舞楽と舞のはなやかさのうちに過ぎていくが、光源氏は藤壺中宮への思いを募らせる。その夜は月が明るかった。光源氏は、月に照らし出される宮中をそぞろ歩く。偶然にでも、中宮にめぐり合えるかも知れないと、淡い期待を抱きながら。ここで、出会うのは、左大臣の娘である朧月夜であった。
宴席の酒の酔いと満開の桜が、若い二人を惑わしたのであろうか。光源氏と朧月夜は、結ばれる。奈良の都では、梅の花のもとで宴を催したが、源氏の世界では桜が花宴の主人公である。花といえば桜、というのがこの時代から始まった。朧月夜は相手が光源氏であることを知っていたが、源氏には相手が誰であるか分からない。何度も名を聞くが、朧月夜は自分を明かすことはなかった。ただ、持っていた檜扇子を渡した。
深き夜のあはれを知るも入る月のおぼろけならぬ契りとぞ思ふ 光源氏
おぼろけならぬ、とははっきりしないことではなく、むしろ前世から約束の契りであったと運命的な出会いだったと伝えた。
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