晴耕雨読とはいえ、ここのところの晴天続きで読書の時間がない。それでも、吉川英治の『新平家物語』をやく二ヶ月かけて読み通した。清盛の青年時代から、一族が南海の壇ノ浦に滅びる一大歴史ロマンである。菊版500頁5巻の大部で、睡眠から覚める夜間の時間を費やした。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れるもの久からず、ただ春の夜の夢の如し。猛き人もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」
学校で学んだ古典の「平家物語」の書き出しである。この予言は、平家の滅亡を暗示している。都落ちした平家一門が、関門海峡近くの壇ノ浦に軍船を浮かべ、押し寄せる源氏の大将義経と最後の決戦をするのは、寿永4年(1185)3月24日のことである。このとき一門は幼い安徳天皇と母建礼門院を船中に仮の御所を設けて同行した。
安徳帝はまだ聞き分けのある年になっていない。いやがる帝を船に乗せるため、付き添いの侍が、「船中には盥いっぱいの蟹がいます」と嘘をついて乗船させた。もちろん船中に蟹などいるはずもない。無き騒ぐ帝の機嫌を取るために、建礼門院は筆をとって蟹の絵を描いた。杉本健吉氏の挿絵はその時の様子を描いた。その日の夕刻、安徳帝は祖母に抱かれ海の藻屑と消えた。あとを追った建礼門院は、源氏方によって引き上げられ、一命を留めた。
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