娘夫婦の家族と湯西川温泉に行ってから2年以上になる。時間は経っても、大きな川の流れる山中の温泉の風情は懐かしい。井伏鱒二の随筆集を拾い読みしていると、「湯西川」という文章を見つけた。釣り好きの井伏は、親しい友人を伴って、この温泉に釣りの旅をしたことを書いている。井伏の釣ったのは、イワナで大きいの一尺二寸あったと書いている。使った餌は、川から採ったチョロ虫だ。
「また大きくごつんが来た。今度のやつは手剛くて、手前に引寄せようとしても勝手気儘に水底で暴れまわる。「おおい川島君手伝ってくれ。」私は川上にいた川島君に助けを求めた。川瀬の音がそれを消したので、魚のあばれまわるままに竿を送りながら、大きな声で呼び続けた。
温泉のなかを流れる川の名は忘れてしまったが、我々が泊まったときも、釣り人が熱心に川は釣り糸を投げていた。井伏は大騒ぎして、二人がかりで大物のイワナを上げることに成功するが、これが尺二寸のイワナであった。井伏は大物を釣りあげて満足したのか、翌日はスケッチブックを持って水彩でこのあたりの風景を写生し、そのあと仲間とのんびり湯に浸かったり、将棋を指したりしている。鄙びた温泉で釣りや湯治が目的なのか、宿で食べた料理には触れていない。