
まゆみが紅葉した葉を落し、赤い実だけが秋空に映えていた。山形の笹谷峠は、やはり桧枝岐に比べると秋が早い。背景にある山形神室の高いところでは、すっかり木が葉を落し、冬の到来に備えている。まゆみの木は特別の木である。かつて弓の材として用いられ、また和紙を漉けば、特別の紙として使われた。万葉集の譬喩歌、弓に寄すに
南淵の細川山に立つ檀(まゆみ)弓束巻くまで人に知らえじ 巻7・1330
南淵は明日香の稲淵で飛鳥川に上流にある。また細川山は明日香の東南にを流れる細川にのぞむ山である。この地方は早くから開けた土地で、人里離れた深山ではない。葉が落ちて赤い実がなると、すぐ人目につく。このまゆみから、弓を作った。歌の意は、南淵の細川山に立っているまゆみよ、お前を弓に仕上げて弓束を巻くまで、人に知られたくないものだ、ということだ。
この歌はさらに敷衍すれば、目につけた女を妻にするまで誰にも知られたくないという男の願望をまゆみなぞらえて詠んだものである。弓は狩に使う飛び道具である。当時の男にとっては、なくてはならぬものであった。そのために人に知られたくはないものの、余りに目立つ存在であるため、男の願望をよそに、様子のよい女はすぐに男たちの取り合いになり、厳しい競争に晒されたものと思える。