
毎朝に計測する体重はだいたいが68.8kg~69.4kgの範囲内。
異常値になったのは4月26日の朝。
体重計の値が71.0kgを表示したときの恐ろしさ。
体内で何かが進行している。
翌日の27日は71.2kg。
そして28日は71.8kg。
普段よりも2.5kgオーバー体重に大慌てで電話した外来棟。
当日は土曜日なので主治医どころか循環器内科医師は不在。
他の科目の医師が臨時に診てくれる。
体重増にともなって足に浮腫み、お腹は膨満状態。
この症状の原因は4月25日に喉の痛みに診察してもらった最寄りの診療所に起因する。
意思の判断は咽頭炎だった。
痛み止め、腫れ止めに処方された薬は抗生剤のアジスロマイシン錠250mg「タカタ」。
この薬は3月にも発症した咽頭炎の特効薬。
効き目はあった。
他にも痛み止めを処方されたが、4月の診察に、ちょっと強い効き目が出る鎮痛薬のロキソニン(※正式処方箋はロキソプロフェンナトリウム錠60mg「CH」)になった。
実は原因がこれにある。
私は毎日の朝、昼に利尿剤を服用している。
心臓の力が弱いから、無理にでも溜まった小水を排出させる薬。
この効果があって身体に水が溜まらないようにしてきた頼りになる薬である。
利尿剤はラシックスにアルダクトンAの2種類で保っている。
その効力を滅したのであろう、と判断されたロキソプロフェンナトリウム錠である。
たぶんにそれが原因と自己判断。
診療所で処方されたロキソプロフェンナトリウム錠は毎日の朝、昼、夜食後に服用していたからに他ならない。
それが悪さをしているなら、直ちに服用しないこと、と思って27日の晩に停止した。
緊急電話をかけて出かけた医師の診断は、ラシックス1錠を追加するということになった。
27日の診察日は家に戻って食事をしてから服用した。
実は27日の診察日は外来棟についてからもよおしが激しかった。
毎日測る小水排出回数。
朝6時から午後2時までに8回。
普段なら5回程度である。
午後2時から午後10時めでの回数は16回。
異常な排出回数である。
普段なら6回程度であるから、一挙に排出していることがわかる。
尤も小水の量は測りようがないが、毎回の量的には多いと私の尿管が感じている。
午後10時から翌朝の6時までは3回。
ようやく落ち着きを取り戻した回数になった。
翌朝29日の体重は69.2kg。
身体は随分と軽くなったが、26日より症状があった浮腫みに膨満状態はほぼ消えた。
体内に水が溜まることはとんでもないこと。
そのまま放置していたら尿毒症になる。
心臓に水が溜まるようになったら呼吸困難。
つらいどころじゃない。
休み明けの5月1日の再診察である。
午前9時20分に家を出て外来棟に着いたのは午前10時だった。
外来棟の駐車待ち時間は50分も・・。
車が入庫できなければ受付もできない。
50分も遅れるのであれば、別途特別の駐車場に置かせてもらう。
10時15分にやっと着いた外来棟。
予約でないから診察カードを機械に挿入して診察科目を選ぶ。
総合受付にまず行って、3日前に緊急処置をしてもらった後診察に来たと伝えたら、循環器内科の方にもそう伝えてくださいと云われて2階に移動する。
かくかくしかじかのあれこれを伝えたら、血圧/心拍数を計って待っていてくださいという。
呼び出しマイク放送が鳴った時間帯は午前10時50分。
30分も経ってから伝達されたことは検査である。
いつもと同じ、採血にレントゲン。
心電図は28日でも問題がなかったので、血液検査が中心である。
なにが一番のポイント検査値。
それはBNPである。
BNPは脳性ナトリウム利尿ペプチドの略。
心臓の負荷が増え、心筋肥大が起こるとBNPの血液濃度が増加する。
値が高いほど心臓が良くないということであるが、28日の値は236.9。
えらいこっちゃの値である。
この日の身体状況は身が軽く感じる。
負担があまりないということだ。
どれぐらい落ちているのか、実に楽しみな検査にワクワクする。
検査から戻ってきた時間帯は午前11時10分。
採血受付時に渡される整理券に結果が出る予想時間が書いてある。
その時間は午後12時24分。
これより待って1時間半。
予想を越えることになるのか、ならないのか。
待っている患者数でほぼ決まる。
午前11時30分。
またもやマイク放送のあった循環器内科受付。
「本日の予約に本日受付診察でたいへん混んでいる状態。ご迷惑をかけますが、貴方の診察時間は午後12時半から午後1時になりそうなので、先に昼食を摂ってください」というわけだ。
過去、何度かの予約受付できたときもあった混雑状況。
もう慣れている。
お腹も空いていないので、時間潰しの行動に移る。
気分転換に選んだのは外来棟から出る行為。
ここら辺りはある程度知っているが、それは車の運転中に窓から見える景色。
歩いてみれば、また違って見えようか。
そう思ってぐるっと一周しただけで戻ってきた。
まだまだある待ち時間は読書といきたいところだが、本日は忘れた。
仕方がなく、といえばアレだが、棟内にある施設で立ち読み。
遠慮しながらちょっとだけ活用させてもらった。
予想時間はどんどん過ぎていく。
もうそろそろと思える待ち患者の顔ぶれはあと少し。
そう思っていた矢先に呼び出された。
時刻は午後1時12分にもなっていた。
診察室待ちに数分間。
やっとお声がかかって主治医のⅠ循環器内科医師に診てもらう。
一番に伝えてくれたBNPの値は、なんとなんとの2桁台。
39.1に下がっていた。
28日が236.9だったから急降下である。
医師曰く、である。
4月17日の前回検査の結果は111.3。
このときは3桁。
それまでの診察では2桁だったから気にかけている。
一時的に急降下した39.1のBNP値もあるが、念のために1カ月後診察をしたいと云われる。
心配なことは診ておきたいということに断る理由はない。
次の予約診察は7月10日であるが、それよりも早く診ておきたいBNP検査は5月29日に設定された。
診察を終えて会計待ちに本日の検査データを見ていた。
気になる数値がある。
γGTである。
4月17日は68だった。
ところが28日は156に上昇していた。
このことは臨時の医師も、この日の診察医師も指摘のなかった肝臓具合の項目。
本日の5月1日は132に下がってはいるものの3桁台。
これは良くない数値である。
γGTの基準値内範囲は13-64。
なんらかの影響が残っていると考えられる。
ちなみにASTは62から30に下がって、ご安心を、である。
ふと顔をあげたときだ。
顔見知りの二人がロビーを歩いていた。
思わず手を振った二人は久しぶり。
地元大和郡山市の椎木町に住むMさん夫妻である。
ここへ来たのは手の震えが止まらなくなったという症状である。
なんでもメニエール病の“ケ”が出たようで、車の運転ができなくなったという。
そのことがあって自転車を乗ったら、転倒してしまったというのだ。
Mさんと会った日は平成28年6月21日。
私も出かけていた通院日だった。
出会った場所は外来棟駐車場の入庫と出庫の出会いだったから、話すことはできなかった。
それ以前の出会いはその年の5月7日。
椎木の苗代具合に見た水口まつりの様相を拝見した後に出会った畑であった。
気を落とさないでね、と声をかけて別れた。
(H30. 5. 1 SB932SH撮影)
異常値になったのは4月26日の朝。
体重計の値が71.0kgを表示したときの恐ろしさ。
体内で何かが進行している。
翌日の27日は71.2kg。
そして28日は71.8kg。
普段よりも2.5kgオーバー体重に大慌てで電話した外来棟。
当日は土曜日なので主治医どころか循環器内科医師は不在。
他の科目の医師が臨時に診てくれる。
体重増にともなって足に浮腫み、お腹は膨満状態。
この症状の原因は4月25日に喉の痛みに診察してもらった最寄りの診療所に起因する。
意思の判断は咽頭炎だった。
痛み止め、腫れ止めに処方された薬は抗生剤のアジスロマイシン錠250mg「タカタ」。
この薬は3月にも発症した咽頭炎の特効薬。
効き目はあった。
他にも痛み止めを処方されたが、4月の診察に、ちょっと強い効き目が出る鎮痛薬のロキソニン(※正式処方箋はロキソプロフェンナトリウム錠60mg「CH」)になった。
実は原因がこれにある。
私は毎日の朝、昼に利尿剤を服用している。
心臓の力が弱いから、無理にでも溜まった小水を排出させる薬。
この効果があって身体に水が溜まらないようにしてきた頼りになる薬である。
利尿剤はラシックスにアルダクトンAの2種類で保っている。
その効力を滅したのであろう、と判断されたロキソプロフェンナトリウム錠である。
たぶんにそれが原因と自己判断。
診療所で処方されたロキソプロフェンナトリウム錠は毎日の朝、昼、夜食後に服用していたからに他ならない。
それが悪さをしているなら、直ちに服用しないこと、と思って27日の晩に停止した。
緊急電話をかけて出かけた医師の診断は、ラシックス1錠を追加するということになった。
27日の診察日は家に戻って食事をしてから服用した。
実は27日の診察日は外来棟についてからもよおしが激しかった。
毎日測る小水排出回数。
朝6時から午後2時までに8回。
普段なら5回程度である。
午後2時から午後10時めでの回数は16回。
異常な排出回数である。
普段なら6回程度であるから、一挙に排出していることがわかる。
尤も小水の量は測りようがないが、毎回の量的には多いと私の尿管が感じている。
午後10時から翌朝の6時までは3回。
ようやく落ち着きを取り戻した回数になった。
翌朝29日の体重は69.2kg。
身体は随分と軽くなったが、26日より症状があった浮腫みに膨満状態はほぼ消えた。
体内に水が溜まることはとんでもないこと。
そのまま放置していたら尿毒症になる。
心臓に水が溜まるようになったら呼吸困難。
つらいどころじゃない。
休み明けの5月1日の再診察である。
午前9時20分に家を出て外来棟に着いたのは午前10時だった。
外来棟の駐車待ち時間は50分も・・。
車が入庫できなければ受付もできない。
50分も遅れるのであれば、別途特別の駐車場に置かせてもらう。
10時15分にやっと着いた外来棟。
予約でないから診察カードを機械に挿入して診察科目を選ぶ。
総合受付にまず行って、3日前に緊急処置をしてもらった後診察に来たと伝えたら、循環器内科の方にもそう伝えてくださいと云われて2階に移動する。
かくかくしかじかのあれこれを伝えたら、血圧/心拍数を計って待っていてくださいという。
呼び出しマイク放送が鳴った時間帯は午前10時50分。
30分も経ってから伝達されたことは検査である。
いつもと同じ、採血にレントゲン。
心電図は28日でも問題がなかったので、血液検査が中心である。
なにが一番のポイント検査値。
それはBNPである。
BNPは脳性ナトリウム利尿ペプチドの略。
心臓の負荷が増え、心筋肥大が起こるとBNPの血液濃度が増加する。
値が高いほど心臓が良くないということであるが、28日の値は236.9。
えらいこっちゃの値である。
この日の身体状況は身が軽く感じる。
負担があまりないということだ。
どれぐらい落ちているのか、実に楽しみな検査にワクワクする。
検査から戻ってきた時間帯は午前11時10分。
採血受付時に渡される整理券に結果が出る予想時間が書いてある。
その時間は午後12時24分。
これより待って1時間半。
予想を越えることになるのか、ならないのか。
待っている患者数でほぼ決まる。
午前11時30分。
またもやマイク放送のあった循環器内科受付。
「本日の予約に本日受付診察でたいへん混んでいる状態。ご迷惑をかけますが、貴方の診察時間は午後12時半から午後1時になりそうなので、先に昼食を摂ってください」というわけだ。
過去、何度かの予約受付できたときもあった混雑状況。
もう慣れている。
お腹も空いていないので、時間潰しの行動に移る。
気分転換に選んだのは外来棟から出る行為。
ここら辺りはある程度知っているが、それは車の運転中に窓から見える景色。
歩いてみれば、また違って見えようか。
そう思ってぐるっと一周しただけで戻ってきた。
まだまだある待ち時間は読書といきたいところだが、本日は忘れた。
仕方がなく、といえばアレだが、棟内にある施設で立ち読み。
遠慮しながらちょっとだけ活用させてもらった。
予想時間はどんどん過ぎていく。
もうそろそろと思える待ち患者の顔ぶれはあと少し。
そう思っていた矢先に呼び出された。
時刻は午後1時12分にもなっていた。
診察室待ちに数分間。
やっとお声がかかって主治医のⅠ循環器内科医師に診てもらう。
一番に伝えてくれたBNPの値は、なんとなんとの2桁台。
39.1に下がっていた。
28日が236.9だったから急降下である。
医師曰く、である。
4月17日の前回検査の結果は111.3。
このときは3桁。
それまでの診察では2桁だったから気にかけている。
一時的に急降下した39.1のBNP値もあるが、念のために1カ月後診察をしたいと云われる。
心配なことは診ておきたいということに断る理由はない。
次の予約診察は7月10日であるが、それよりも早く診ておきたいBNP検査は5月29日に設定された。
診察を終えて会計待ちに本日の検査データを見ていた。
気になる数値がある。
γGTである。
4月17日は68だった。
ところが28日は156に上昇していた。
このことは臨時の医師も、この日の診察医師も指摘のなかった肝臓具合の項目。
本日の5月1日は132に下がってはいるものの3桁台。
これは良くない数値である。
γGTの基準値内範囲は13-64。
なんらかの影響が残っていると考えられる。
ちなみにASTは62から30に下がって、ご安心を、である。
ふと顔をあげたときだ。
顔見知りの二人がロビーを歩いていた。
思わず手を振った二人は久しぶり。
地元大和郡山市の椎木町に住むMさん夫妻である。
ここへ来たのは手の震えが止まらなくなったという症状である。
なんでもメニエール病の“ケ”が出たようで、車の運転ができなくなったという。
そのことがあって自転車を乗ったら、転倒してしまったというのだ。
Mさんと会った日は平成28年6月21日。
私も出かけていた通院日だった。
出会った場所は外来棟駐車場の入庫と出庫の出会いだったから、話すことはできなかった。
それ以前の出会いはその年の5月7日。
椎木の苗代具合に見た水口まつりの様相を拝見した後に出会った畑であった。
気を落とさないでね、と声をかけて別れた。
(H30. 5. 1 SB932SH撮影)