二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

警察小説の金字塔 その3 ~エド・マクベイン「毒薬」を読む

2023年11月03日 | ミステリ・冒険小説等(海外)
■エド・マクベイン「毒薬」井上一夫訳(ハヤカワ・ミステリ文庫 1994年刊 原作は1983年刊)


結論からさきに書かせていただくと、本編「毒薬」はまぎれもない傑作である。・・・といいたいところだが、惜しくも傑作を逃がしたと思う。
決着のつけ方、つまり結末がよくないのだ。
全397ページのうち、最後の第17章は373ページからはじまる。なぜこんなに急ぎ足に終わらせなければならなかったのか(´?ω?)

だれが読んだとしてもハル・ウィリスとマリリン・ホリスの物語であることは間違いようがない。プロットの骨格は、いたって単純で、すっきりしている。
とくに美貌の売春婦マリリン・ホリスのメキシコ時代を叙した第13章は圧巻といっていい。下敷きにしたあまり知られていないドキュメンタリーがあったのか。
わたしばかりでなく、ほとんどの読者は圧倒されるはず。エド・マクベインの真価が十二分に発揮されている。

いははや、すごい、すごいぞマクベイン!
この13章は作の前後と比べ、独立しているようにみえる。
“マリリン・ホリス”の一人語りとなっている。ただし、その語りの内容が、どこまで本当なのかわからない。一人の若い女性のグレーゾーンとして、マクベインは設定した。そのあたりの書き方が効果をもたらす。

《シリーズ第39作の本書で主役を務めるのは、ウィリス三級刑事。冗談の種にされるほど小柄で、『凍った街』ではアイリーン・バークの警護に失敗するなど、とかく日陰の存在だった。それが今回は、職をかけて謎めいた美貌の容疑者に惚れるという離れ技をやってのける。ウィリス一世一代の恋愛が絡む毒殺事件の意外な展開と斬新なストーリー作りが見物の異色篇だ。》BOOKデータベースより

ハル・ウィルスは、87分署の中で他の刑事から“冗談の種にされるほど小柄”なのである。これまでの連作のうちで、彼がこのようにクローズアップされたことはない・・・と思われる。マクベインは80年代を通じ8編の“87分署”ものを上梓しているが、ウィリスは第39作の本編で突然スポットライトを浴びたのだ。
ウィリスは美貌の売春婦マリリンに夢中になる。そして濃厚なベッドシーン(。-ω-)
読者は作者が差し出すストーリーテリングの妙を満喫できる。

しかし・・・しかし、彼は最後まで刑事の魂は売り渡さない。本人の葛藤が、作品のいたるところからつたわってくる。作者は腰を据えて、87分署の一員としてのウィリスを生きいきと描く。いちいち引用はしないが、彼はスティーブ・キャレラを尊敬している。
彼の心と体を虜にしてしまったセクシーな被疑者マリリンと、尊敬する同僚キャレラのあいだに引き裂かれてしまう。

ウィリスは《警官の身体基準である身長5フィート8インチ(約170センチ)に辛うじて届いている小柄な刑事。柔道の名人である》(Wikipedia)。
マクベインによれば、柔道ばかりではなく、空手の有段者でもある。
思わずうーんとうなってしまうすぐれたシーンがたくさんある♬ 
わたしがこれまで読んだ資料の中で、本書「毒薬」を秀作として推奨した人はいない。
だから・・・といったらいいのか、返すがえすも、結末が(ノω`*)
マクベインほどの力量があれば、ほかに表現の仕方があったはず。この結末さえクリアできていたら、☆5つを進呈できたのに、残念。

さておつぎは若き日の池上冬樹さんが、べた褒めしている「魔術」。
《「魔術」は、プロット、人物描写、ストーリーテリング、文章、会話などあらゆる点で傑出しており、だれがどんなときに読んでも楽しめることうけあいのエンターテインメントである。ミステリがエンターテインメントとイコールで語られるいま、海外ミステリの、そして海外エンターテインメントの水準の高さを如実に示す傑作なのだ。さあ読め! 読め! 読め!》(「魔術」の解説、400ページ)

ウハハハ、褒めすぎじゃないの(^o^)



評価:☆☆☆☆

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 昭和は遠くなりにけり | トップ | ムクドリの群れ »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ミステリ・冒険小説等(海外)」カテゴリの最新記事