あれもこれも単なるおしゃべりにすぎないと気がついて
ぼくもきみも黙り込む。
CD音楽がとつぜんボリュームをあげたかのように
意味のない空間をうめて やがてやんで
本物の静寂がくるかと期待していると
戸外では木の葉が風のざわめきを奏でている。
詩の中に閉じこめたはずのことばが
そのあいまに突如露出し
ごつごつした山襞のように崩れかかる。
きみは立ち上がってキッチンへ入っていき
マグカップを二人分もってもどってくる。
たったそれだけの行為なのに
もどってきたきみはさっきのきみとは
少し別人になっている。
ぼくに抱かれたがっていたくせに
「男には用はない」という顔をして
コーヒーをひとくちすすって庭へ出ていく。
あの日からこの日へ
庭の植え込みのあたりからぼく自身の指さきへ
真珠いろの霧がはれていく。
レンズを通ってきた光景のようにものがよく見える。
出会いも別れもそこいらにゴミみたいにひっかかってゆれている。
思い出という湿気の多いあの厄介なよごれも。