一人の老いた戦士が眠りにつく。
ニリンソウが群生している渓流のほとりで。
べつな一人は セイタカアワダチソウが繁る石ころだらけの斜面で。
こっちはまだ壮年だというのに。
その死を悼んで獣たちはあつまっているが
かれらの肉親の姿はそこにない。
遠くの空から銃声が聞こえる。
クヌギ林の奥の ずっと奥の
この世からはすいぶんとへだたった積乱雲のへりのあたり。
かつて存在したしめやかな夜の底で首のない黒い馬が闇の中を駈けていく。
戦死だろうと 病死だろうと 事故死だろうと
母なる地球はかれらの死を 他の死と区別しないだろう。
飛行船のような大きな唇がその空に出現する。
眠りについた戦士たちをむかえにきたのだ。
死んだはずの兵士が やおら起きあがって
見えない階段をのぼっていく。
白い薔薇や 琥珀の粒のようなものがぱらぱらと降って
すぐにやんでしまう。
やすらぎは空虚の中にこそある。
苦しみ多い地上をあとにして
やがてぼくも戦士たちのようにあの階段をのぼっていくのか。
男とはそういう生きものであるのか。
酒をのんで酔っぱらっているときでも
階段がするする天井から下りてくる日のことを考える。
ところで ところで
何の用があってぼくは あるいはきみはこの世に生まれてきたんだろう?
何の用があって 呼び出された?
名づけられたとたんに
産着につつまれていたわずかなあいだのやすらぎが去っていく。
男たちよ すべての戦士たちよ。
ガーゼをあてられることもなく血を流しながらどこへ向かう?
そこがどんな戦場であったのか
墓碑となって居ならぶ戦士は語らない。
涙を流さない。
もう 人を愛さない。
酒も水も飲まない。
だのに だれかがそっと 草だらけの参道を歩んできて
罅われた茶碗で水を またはタバコや花を供え
しばし瞑目したあと しずかに立ち去っていく。
その幽かな気配。微風。
うなじのあたりを撫でていく 微風。
テーブルの上でトランプの城がくずれたのはいつだろう。
配られたカードはもう一枚も残っていない。
ジョーカーやエースばかりでなく。
梵語で草に書かれたさよなら という文字を今日の風がなぞっていく。
ぼくのうなじを撫でて吹いた その風が。
※例によって、写真と詩には、直接の関係はありません。