『東京で一人暮らし歴が長くなると、そんなこと（家族にかこまれて過ごした日々）がキラキラして見えたりするし、実際そうだ。時間は誰にも等しく流れていって、家族のかたちも変わっていく。
自分も8人家族には戻れないけれど、周りの大人に愛されて、守られて育った記憶は消えない。
これから自分が死ぬまでのあいだ、その記憶に支えられていくと思う。』
（川内倫子写真集「CUI CUI」あとがきより。文中カッコ内はわたしが補った）
ローライフレックスのウエストレベルファインダーをのぞきこんでいる倫子さんがいる。
彼女はそのファインダーの中に、自分を見、家族を見ている。リアルな世界のこちら側で、生きて呼吸し、生活をしているリアルな周辺の人びと。
「ああ、川内家は浄土宗なのか」
「うーん、梅干しがおいしそうだなあ」
「おじいちゃん、死んじゃったんだね」
「ああ、だれかが泣いているよ、どうしたんだろう」
「雨にうたれているヤマユリのおもわず息をのむ美しさ！」
「おーい、薬缶の水が沸いたよー」
「囲碁をしている音が聞こえる。その乾いた駒音」
「ああ、子どもが生まれたんだね。死んでいったおじいちゃんの身代わりみたいだね。おめでとう、おめでとう！」
・・・きりがないから、このへんでやめておく。
これは川内さんの「CUI CUI」のページを繰りながらわたしの脳裏をよぎっていったことばたち。
ほとんど素人が撮ったような写真が、分厚い一冊の中に封じ込められている。この写真集は、そのオビに書かれているように「13年間の家族のアルバム」なのである。
どこの？
むろん、川内家の。この写真集は、発表するのに、ずいぶんと勇気が必要だったろう。わたしなら「撮影しないで済ませたい」と思うようなシリアスなシーンが、たくさん写っている。その二つの中心は祖父の死と葬式、甥（または姪）の誕生ということになる。
昔はどこのご家庭にも「家族のアルバム」があった。その手法を踏襲し、川内さんは、一冊の写真集を編んだ。「CUI CUI」とは、ハイ、チーズという意味のフランス語だそうである。じつに見応え、読み応えのある写真集で、重い内容をふくんでいる。
川内さんには「うまい写真が撮りたい」という意識は、ほとんどないか、ないに等しい・・・と、わたしはおもう。へたなのだが、そのへたなところに、彼女の体臭や、声の色や、心の襞が映り込んでいる。
わたしにとって、この写真集は好悪相半ばする。はじめ手にしてぱらぱらと眺めたときは、とても最後まで、冷静には見ることができなかった。
そして昨夜。
『自分も8人家族には戻れないけれど、周りの大人に愛されて、守られて育った記憶は消えない。これから自分が死ぬまでのあいだ、その記憶に支えられていくと思う。』
このことばに出会って、心ゆさぶられた。農家の長男として生まれた、わたし自身の来歴と、どこかオーバーラップしてくるからである。
ここには、ある家族の13年間が写っている。人はだれもが「リセットできない」一日、一日を送っている。そんな思いが、この写真集の彼方から、ある痛切なつぶやきとなってつたわってくる。
川内さんは、川内さんの流儀で、たじろぐことなく、人の“生と死”を見つめている。
ここには、紛れもなく、女性の眼がある。いのちを産み、育て、家族の死を看取っていく、・・・いわば女性ならではの日常感覚。この涙、この笑顔。それは、それはどこからやってくるんだろう？
こういう世界を記録するのは、フィルムが適している。
いやデジタルでもいいのだが、一枚一枚にこもる写真家（写真を写す人）の思いの丈が、少し違う。フィルムはリセットできない、あともどりできない人生の一こま、一こまを、リセットできない方法によって、紙の上に焼き付ける。
表紙の写真を見て欲しい。
「このスイカを食べたの、だあれ。おいしかった？ その人、いま、どこにいるの？」
そうか・・・わたしも生まれたころ、たしか8人の家族にかこまれていたんだ、川内さん！
☆CUI CUI（キュイキュイ）とは：
フランス語で小鳥の鳴き声を表すと同時に、写真を撮る際のかけ声、いわば「はい、チーズ」の意味でも使われる。何故かというと、昔の暗箱タイプのカメラは、大きい箱にレンズがついていて、そのフタを外してから数分、被写体はじっとしていなくてはならなかったという。
そこで、じっとしていられない子どもを被写体として撮る場合など「カメラから小鳥が出ますよー」と写真機に気をひきつつ撮ったという。
