(写真=AP/アフロ)
(写真=AP/アフロ)

 米国のリセッション(景気後退)入り観測には根強いものがある。景気先行指数は14カ月連続で前月比マイナスになっている。この有名な合成指数の発表元である米調査会社コンファレンス・ボードのエコノミストは最近のインタビューで、「金利上昇と高インフレを受け、今後数カ月以内にリセッション入りするだろう」と明言。今年4~6月期から10~12月期までは小幅なマイナス成長と予測した(6月6日 日経QUICKニュース)。

 その一方で、「米国はリセッション入りを回避できる」という強気の見方も、一定の支持を得ている。米国のエコノミストを対象とするサーベイでは、リセッション入りの確率は6割台になることが多い。逆に言えば、それを「ソフトランディング(軟着陸)」と呼ぶかどうかは別にして、リセッション入りが回避されるケースが3割台の確率で見込まれているということである。また、筆者のように、リセッション入りを一応予想しているものの、それは「リーマン・ショック」や「コロナショック」に見舞われた後のような「深い」景気悪化ではなく、「浅い」ものにとどまるだろうと見ているエコノミストも、少なからずいる。

 では、景気が後退したかどうかは、誰が決めるのか。米国ではNBER(全米経済研究所)という民間の研究組織が、何人もの重鎮を含む経済学者たちによるデータに基づいた議論を経た上で判定している。

 しかし、その結果が出るまでには時間がかかるので、金融市場の参加者は、もっと手っ取り早く知ることのできるモノサシを求める。金融市場で米国経済を長く見てきた人なら過去に何度も見聞きしたと推測されるのが、米国の景気がリセッション入りしたかどうかを手軽に判断できるシグナルとしての、「新規失業保険申請件数(イニシャルクレーム)」の40万件突破である。

 1967年以降のイニシャルクレーム(季節調整値;月中平均)と景気後退局面を重ね合わせてグラフを作成すると、この統計初期の70年代初めの事例を除き、イニシャルクレームが急速に増加して40万件ラインを超えていくタイミングに近接して、米景気が過去に6回、リセッション入りしてきたことが確認できる。コロナショックでのけた外れの急増を含んで作図すると分かりにくいので、おおむね「コロナ禍前」である19年までのグラフで見ておきたい。

米国の新規失業保険申請件数(月中平均)と景気後退局面(1967~2019年)
米国の新規失業保険申請件数(月中平均)と景気後退局面(1967~2019年)
(出所)米労働省、NBER

 FRB(米連邦準備理事会)が22年3月から23年5月までに合計で5%も急ピッチで利上げしたこと、および量的引き締め(QT)を並行して実施していることによる効果から、1年から1年半とされるラグ(時間差)を伴いつつ、米国の経済には強い下押し圧力が加わるはずである。

 にもかかわらず、足元ではイニシャルクレームが増加する動きは相変わらず弱いように見受けられる。このところ水準をやや切り上げてはいるものの、イレギュラーな振れを均してして基調を見るために通常用いる4週移動平均はまだ25万件前後にとどまる。6月17日までの週の数字は26万4千件で、4週移動平均は25万5750件である。

 米国の雇用情勢に関して言えば、コロナ禍を経て、いわば構造的に需給がタイトになっている点がポイントである。シニア層の中で労働市場への復帰をせず「早期引退」を選択する人が少なからずいることや、トランプ政権以降の移民受け入れを意図的に制限する姿勢が、コロナ禍を終えて需要が回復した中での、労働力供給の不足につながっている。

 ある大手米銀のストラテジストはインタビューで、「市場の誰もが3カ月前には景気後退が来ると予測していたのにまだ起きていない。(長短金利が逆転する)逆イールドやクレジット収縮、住宅市場などのデータは景気後退の訪れを告げているにもかかわらずだ。エコノミストが予想できなかったのは労働市場が非常にタイトで金利上昇に反応しにくくなっていることだ」と、率直に述べていた(4月27日付 日本経済新聞)。