長い歴史と伝統を持ち、オランダの重要な農業生産部門である酪農。現在、政府の温室効果ガス削減政策により、この国の酪農家の多くは廃業の危機を迎えている。国連に由来する政策は農業の現場にどのような影響をもたらしているのか。そして、現地の人々は政府の思惑についてどのように考えているのか。窮地に追い込まれた酪農産業の実態を記者が記録した。
温室効果ガス削減、政府は強硬姿勢
人口1750万人を有するオランダは、米国に次ぐ世界第2位の農産物輸出国だ。特に「生乳」生産量が多く、2018年の出荷量は1388万トンに上った。同国は日本向けのチーズやバターのほか、世界各国に乳製品を多く供給するビジネスモデルを確立してきた。独立行政法人農畜産業振興機構の統計データによると、2016年時点では酪農従事者は3万6100人、乳業従事者は1万3000人となっている。
しかし、ここ数年、政府が打ち出した窒素排出量削減の環境対策により、酪農家は苦境に立たされている。政府は、2030年までに窒素酸化物やアンモニアの排出量を2019年比で50%削減するよう要求。さらに6月には地域ごとに窒素排出量の削減量を定め、一部の地域には最大95%の削減を義務付けた。窒素は温室効果ガスの一種で、その多くは家畜の排泄物から放出されるという。
政府は政策に伴い、農家の事業転換や移転に243億ユーロの補助金を出し、酪農家を支援すると表明している。いっぽう、非協力的な農民に対しては土地の強制収用も辞さない構えだ。米国農務省の海外農業サービスの報告書によれば、オランダ政府は一部の農家が廃業することも厭わない姿勢を示している。
農場閉鎖の危機
「5%では農業をやっていけない。もう終わりだ」
オランダの酪農家マーティン・ネペレンブルック氏は、2代目として農地を引き継ぎ、生計を立ててきた。70エーカー以上の農地で、およそ130頭の乳牛を飼育している。
「デルタ地帯で、気候も暑すぎず寒すぎず。飼育には理想的な場所なのだが…」
ネペレンブルック氏によると、欧州連合(EU)の生物種と生息地の保護に関する協定「ナチュラ2000」で保護されている地域付近の酪農家は、窒素排出量の削減について一層厳しい要求を受けているという。
「オランダでは、長い間、家族で農場を営んでいるところも多い」「環境を汚染していることを、自国の小さなグループ(農業)だけのせいにすることはおかしい」と肩を落とした。
「規制の関係で、誰も(土地を)買いたがらない。でも、政府は買いたいんだ。だから、そういう規制を打ち出したのだろう」。ネペレンブルック氏は政府が環境汚染対策を打ち出した理由として、土地を購入し、住宅を建てたいのではと推測している。
政府の排出削減政策に反対する政治家の一人、オランダの野党議員ティエリー・ボーデ氏は、政府の温室効果ガス削減政策には別の思惑があると推察する。
「オランダの政権は大量の移民を継続して受け入れたいのだ。狭い国土に人口が密集しているオランダにより多くの人を住まわせるには、農家から土地を取り上げ、そこに家を建てる必要がある」。
オランダ政府の統計によれば、移民の数は近年急激に増加している。1700万人の国民に対し、2021年だけで10万人の人口流入があった。
ボーデ議員は「(農家への規制と移民用の住居建設は)一つの政策として明文化されているわけではなく、まるでそれぞれが独立した現象であるかのように見せている」と語る。そして、現職の住宅担当大臣がカメラを前にして、農地を指差しながら「将来はここに人を集めるつもりだ」と発言したことを挙げた。
AFP通信は1月13日付の報道で、オランダ政府は農業部門の気候変動対策を加速させれば建設事業も一部を再開できると期待している、と報じた。大紀元はオランダ政府に取材を試みたが、回答は得られていない。
厳しい規制で自殺者も
オランダの政治コメンテーター、エヴァ・フラールディンガーブルック氏は大紀元の姉妹メディアである新唐人テレビの取材に対し、オランダ政府の政策は「農民に対する最後の一撃」であると指摘した。
「オランダの農民たちは、常軌を逸した規制に苛まれ、農場の経営を絶え間なく変更させることを強いられてきた。そしてついには、農場の閉鎖を余儀なくされている」。
オランダ政府は今回の政策を「やむを得ない(事業)転換」と呼んでいる。6月の声明の中で「とどのつまり…すべての農家が事業を継続できるわけではない」と述べている。
これに対し農家や農業団体は反発、トラクターによるデモなどを繰り返している。政府が打ち出す厳格な規制が原因で、自殺を選択する農民もいるとフラールディンガーブルック氏は語る。
酪農家に大きなダメージを与える今回の政策はオランダ一国の問題ではなく、より大きな枠組みに起因するとフラールディンガーブルック氏は考えている。
「これは世界的な動きで、大きなアジェンダのもとで推進されている」「彼らは2030アジェンダと呼ばれるものを推進している。その中にはさまざまな制約や気候政策が含まれている」
2030アジェンダは2015年の国連総会で採択され、「持続可能な発展」を目指すとしている。その中の環境政策の一環として定められたのが温室効果ガスの排出削減だ。欧州連合(EU)は2050年までに温室効果ガスの排出量をゼロにする目標を達成すべく、2030年まで少なくとも55%の排出削減を計画している。
フラールディンガーブルック氏によれば、「持続可能な発展」は世界中で課せられた気候変動対策のための規制であるという。イタリアやポーランドでも抗議が行われており、化学肥料を禁止して有機農業100%に切り替えたスリランカが7月に財政破綻したと指摘した。
前出のボーデ議員は、温室効果ガスの排出削減政策によって農業が衰退すれば、自国民は国際的なサプライチェーンへの依存を高める結果になると懸念している。「長い目で見た場合、経済に何が起こるのかについて、誰も分析をしていない。政策の整合性は検証されているのだろうか」。
「これは共産主義だ」とフラールディンガーブルック氏は指摘する。「もし政府がやってきて『いわゆる全体の利益のために個人の財産を収用する』と言ってきたなら、それはもう共産主義と言う他ないだろう」。