※残念ながら閉館しました。
今年の漢字が「新」に決まったというニュースが流れていたので、もう既に食傷気味ではありますが「新」にまつわる温泉を取り上げます。人吉の街中にある「新温泉」は、新と名乗っておきながら、えらく古めかしい共同浴場です。市街の中心部にありながら、まるでここだけ時空に歪みが生じて時代の変化に取り残されたかのような築80年弱の木造湯屋が、裏路地にひっそりと佇んでいます。鶴亀温泉といい堤温泉といい、人吉という街は時の流れにあらがうように、古い温泉浴場を昔のままの姿で大切に守り抜こうとする崇高な文化を有しているようです。
貫禄の漂う重厚感のある木造建築は、昭和6(1931)年にこの浴場が開業して以来のもの。豪家や商家ならともかく、湿気で劣化・腐食が進行しがちな湯屋にもかかわらず、80年近くの歳月を経てもずっとそのままの姿を保ち続けているということは、余程質の良い材木を用い、腕の良い職人さんが仕事をしたに違いありません。
正面向かって左が女湯、右が男湯。それぞれ入口上には扇形で男女の別を示すプレートが掲示されています。中に入るとすぐに番台があるので、ニャンコを膝に抱くお婆ちゃんに料金を支払います。脱衣所もこれまた懐古の香りが漂う空間で、板張りの床には年代物の体重計、そして懐かしいぶら下がり健康器が置かれ、衣類を入れる籐の籠が積まれ、そして壁にはアルプスを思わせる山の風景画と、枝にとまる三羽の燕らしき小鳥が描かれた、それぞれ手描きの広告看板が飾られて、室内に彩を放っています。
扇形のプレートに右書きで「湯女」「湯男」と書かれた入口
左:浴室の様子。常連さんの盥が置かれた棚、そしてぶら下がり健康器のある光景
右:壁絵は万屋さんの広告
浴室はガラス窓に囲まれていてとても明るく、且つ広々としています。洗い場、浴槽共にコンクリート打ちっぱなしで、槽は左右に二つあり、男湯の場合、右手が浅く、左手が一般的な深さです。左手の浴槽には湯口からお湯が注がれていますが、右手には注がれておらず湯温もかなりぬるめでした。カランが上がり湯ようの2つしか無いところをみると、右の浅い槽は、人吉の他の浴場同様、体を洗うときの掛け湯を汲むためのものと考えて間違いなさそうです。
左:浴槽 左手が主浴槽で右手が浅い槽
右:主浴槽
お湯は薄い紅茶の色を帯びた透明で、弱いタマゴの匂いと味が感じられました。人吉のお湯らしく、若干弱めですがツルスベとした浴感が気持ちよく、またぬるめ(39~40℃くらいか。冬季は加温)なので、つい長湯をしてしまいます。そして昔ながらの落ち着いた雰囲気漂う浴室にいる不思議な心地が、余計にお湯から上がらせようとしません。せっかくタイムスリップしたのだから、この浴場が歩んできた歴史に思いを馳せ、しばらくは昭和初期の空気に包まれていたいものです。昭和6年といえば満州事変が起きた年。昔から地元で生活していた人は勿論のこと、新天地を求めて満州等外地へ渡った人、召集令状を受けて戦地へ出征した人、戦後の高度経済成長を支えた人、そうした歴史のひとつひとつを築いていった先人も同じこのお湯に浸かって汗を流したのでしょう。そうと思うと、湯浴みをしている自分が歴史と融合しているかのような感覚になり、お風呂と共に時空間を旅して、そして現在を見つめなおすという、ちょっとした哲学にも耽ることができました。
お風呂に浸かりながら脱衣所の方を眺めてみました
湯上りに脱衣所を見回していると、入口付近の柱や壁に何箇所か白いテープが貼られ、それらには年月日と時間、そして「水位」という文字が書かれていることに気づきました。急流で有名な球磨川とその支流は昔から氾濫を繰り返し、その度に四方を山に囲まれた人吉盆地は水害の憂き目に遭ってきたわけですが、白いテープは人吉が今まで蒙ってきた水害において、この浴場がどの位のまで浸水してしまったかを記録したものだったのです。特に昭和40年7月の大洪水は甚大な被害をもたらし、この浴場もずっぽり冠水してしまい、その時の水位を示すテープは地面から3メートル近くも高いところに貼られていました。この浴場はただ古いだけではなく、幾度と無く襲ってきた洪水にも耐え抜いてきた、誠に堅牢な湯屋だったのです。まさに歴史の生き証人。市はこの浴場を文化財に指定してもよいのではないかと思います。温故知新、なるほどこの古い浴場は新を教えてくれるわけですね。人吉を訪れた際には、是非お立ち寄りを。
左:入口扉の横には水害で浸水したときの水位が白いテープで貼られています
右:昭和40年7月の水位は天井に届きそうなほどの高さ。1階がまるまる飲みこまれたことになります
単純泉
固形物総量0.49g/kg(その他数値不明・掲示なし)
JR肥薩線・人吉駅 徒歩7分(550m)
熊本県人吉市紺屋町80-2 地図
0966-22-2020
※残念ながら閉館しました。
13:00~22:00
300円
私の好み:★★★
今年の漢字が「新」に決まったというニュースが流れていたので、もう既に食傷気味ではありますが「新」にまつわる温泉を取り上げます。人吉の街中にある「新温泉」は、新と名乗っておきながら、えらく古めかしい共同浴場です。市街の中心部にありながら、まるでここだけ時空に歪みが生じて時代の変化に取り残されたかのような築80年弱の木造湯屋が、裏路地にひっそりと佇んでいます。鶴亀温泉といい堤温泉といい、人吉という街は時の流れにあらがうように、古い温泉浴場を昔のままの姿で大切に守り抜こうとする崇高な文化を有しているようです。
貫禄の漂う重厚感のある木造建築は、昭和6(1931)年にこの浴場が開業して以来のもの。豪家や商家ならともかく、湿気で劣化・腐食が進行しがちな湯屋にもかかわらず、80年近くの歳月を経てもずっとそのままの姿を保ち続けているということは、余程質の良い材木を用い、腕の良い職人さんが仕事をしたに違いありません。
正面向かって左が女湯、右が男湯。それぞれ入口上には扇形で男女の別を示すプレートが掲示されています。中に入るとすぐに番台があるので、ニャンコを膝に抱くお婆ちゃんに料金を支払います。脱衣所もこれまた懐古の香りが漂う空間で、板張りの床には年代物の体重計、そして懐かしいぶら下がり健康器が置かれ、衣類を入れる籐の籠が積まれ、そして壁にはアルプスを思わせる山の風景画と、枝にとまる三羽の燕らしき小鳥が描かれた、それぞれ手描きの広告看板が飾られて、室内に彩を放っています。
扇形のプレートに右書きで「湯女」「湯男」と書かれた入口
左:浴室の様子。常連さんの盥が置かれた棚、そしてぶら下がり健康器のある光景
右:壁絵は万屋さんの広告
浴室はガラス窓に囲まれていてとても明るく、且つ広々としています。洗い場、浴槽共にコンクリート打ちっぱなしで、槽は左右に二つあり、男湯の場合、右手が浅く、左手が一般的な深さです。左手の浴槽には湯口からお湯が注がれていますが、右手には注がれておらず湯温もかなりぬるめでした。カランが上がり湯ようの2つしか無いところをみると、右の浅い槽は、人吉の他の浴場同様、体を洗うときの掛け湯を汲むためのものと考えて間違いなさそうです。
左:浴槽 左手が主浴槽で右手が浅い槽
右:主浴槽
お湯は薄い紅茶の色を帯びた透明で、弱いタマゴの匂いと味が感じられました。人吉のお湯らしく、若干弱めですがツルスベとした浴感が気持ちよく、またぬるめ(39~40℃くらいか。冬季は加温)なので、つい長湯をしてしまいます。そして昔ながらの落ち着いた雰囲気漂う浴室にいる不思議な心地が、余計にお湯から上がらせようとしません。せっかくタイムスリップしたのだから、この浴場が歩んできた歴史に思いを馳せ、しばらくは昭和初期の空気に包まれていたいものです。昭和6年といえば満州事変が起きた年。昔から地元で生活していた人は勿論のこと、新天地を求めて満州等外地へ渡った人、召集令状を受けて戦地へ出征した人、戦後の高度経済成長を支えた人、そうした歴史のひとつひとつを築いていった先人も同じこのお湯に浸かって汗を流したのでしょう。そうと思うと、湯浴みをしている自分が歴史と融合しているかのような感覚になり、お風呂と共に時空間を旅して、そして現在を見つめなおすという、ちょっとした哲学にも耽ることができました。
お風呂に浸かりながら脱衣所の方を眺めてみました
湯上りに脱衣所を見回していると、入口付近の柱や壁に何箇所か白いテープが貼られ、それらには年月日と時間、そして「水位」という文字が書かれていることに気づきました。急流で有名な球磨川とその支流は昔から氾濫を繰り返し、その度に四方を山に囲まれた人吉盆地は水害の憂き目に遭ってきたわけですが、白いテープは人吉が今まで蒙ってきた水害において、この浴場がどの位のまで浸水してしまったかを記録したものだったのです。特に昭和40年7月の大洪水は甚大な被害をもたらし、この浴場もずっぽり冠水してしまい、その時の水位を示すテープは地面から3メートル近くも高いところに貼られていました。この浴場はただ古いだけではなく、幾度と無く襲ってきた洪水にも耐え抜いてきた、誠に堅牢な湯屋だったのです。まさに歴史の生き証人。市はこの浴場を文化財に指定してもよいのではないかと思います。温故知新、なるほどこの古い浴場は新を教えてくれるわけですね。人吉を訪れた際には、是非お立ち寄りを。
左:入口扉の横には水害で浸水したときの水位が白いテープで貼られています
右:昭和40年7月の水位は天井に届きそうなほどの高さ。1階がまるまる飲みこまれたことになります
単純泉
固形物総量0.49g/kg(その他数値不明・掲示なし)
JR肥薩線・人吉駅 徒歩7分(550m)
熊本県人吉市紺屋町80-2 地図
0966-22-2020
※残念ながら閉館しました。
13:00~22:00
300円
私の好み:★★★