前回記事「フェリーと列車で北海道から三陸へ縦断 2014年夏 その2(北山崎断崖クルーズ)」の続編です。今回記事にも温泉は登場しません。あしからず。
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【13:58 島越駅・発】
観光船の港から駅へ戻ってきたのは13:15頃。1ヶ月前に再開したばかりの島越駅周辺は、まちづくりに向けての工事の真っ最中であり、誇張でも何でもなく、本当にお店が一軒も無いから昼食がとれない。かと言って、宮古方面へ先に進もうにも、次の列車は15:04まで無いから、空腹様態で2時間も待つのはかなりツラい。そこで、旅程をちょっと戻る形になるが、久慈行の列車で駅を2つ北上し、普代駅へ向かうことにした。
午前中に久慈から乗った宮古行の列車はツアー客で占拠されていたが、この久慈行の車内も胸にワッペンを付けた爺さん婆さんが元気にはしゃいでいた。河北新報2015年6月17日の「<三鉄>決算2期ぶり黒字 14年度」という記事でも伝えられているように、いまの三陸鉄道にとって復興支援をテーマにしたツアーは、本当に大きな支援となっているのだろう。実際に乗車してそのことを認識した。ただ、熱しやすく冷めやすい日本人のことだから、今年度以降はその熱がどうなることやら。
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【14:11 普代駅・着】
普代駅で降りたのは私を含め3名。あの団体さんはどこで下車するのだろうか。
駅からすぐのところに村役場があるこの普代駅なら、徒歩圏に何かしらの飲食店があるだろう。
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この駅は国鉄久慈線時代の昭和50年に開業。それゆえファサードの随所に国鉄風情が残っている。駅前ロータリーは妙にガランとしており、商店街があるわけでもない。私のアテは外れたのかと落胆しかけたのだが…
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駅から歩いて2分もしないうち、村役場の前に食堂を見つけた。田舎の役場のまわりには、えてして飲食店があるものだが、ここでもその法則が見事に当てはまった。いわゆる大衆食堂である。お昼の時間を過ぎていたので、お休み時間に入っているのではないかと不安だったが、まったく問題なく営業していてホッとした。
数あるメニューの中から中華丼を注文したところ、目の前に出されたものは、一般的な中華料理店で見られるような中華丼とはやや趣を異にしており、あんかけの量が多く、胡椒が効いてとってもスパイシーな、オリジナリティ溢れる不思議な味覚であった。でも空腹こそ最高の調味料というように、あっという間に平らげてしまった。
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【14:49 普代駅・発】
この日の最大目的である「北山崎断崖クルーズ」を終え、無事に昼食も済ませたので、あとは単純に南下して盛岡へ向かうのみ。入線してきた列車は、オデコの豚鼻ライトがキハ20を彷彿とさせる平成生まれのレトロ車両。2~3分遅れて運転されていたのだが、車内に入ってその理由が判明。案の定、この列車にもツアー客が数組乗っていたのだが、足腰の弱い年寄りばかりなので、駅での乗降に時間を要し、どうしても遅延が発生してしまうのだ。しかも面倒なことに、どのグループにも大抵数名のお喋り好きな爺さん婆さんがいるもので、出発を急いでいるのに、アテンダントを捕まえては「なに、おねえちゃんはまだ結婚してないのか。それなら知り合いの社長さんの息子を紹介してやるぞ、連絡先教えろ、ガハハハ」なんて一幕が繰り返されるもんだから、どうにも始末に負えない。傍から見ている分には昭和のコメディ映画みたいで面白いのだが、自分が当事者だったらストレスを爆発させているかもしれない。アテンダントの皆様、大切なお客様の対応、お疲れ様です。
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ボックス席はツアー客で埋まっていたので、列車最後尾に立って、貫通扉の窓にかじりつき、後方へ去りゆく景色を眺め続けた。三陸鉄道北リアス線は旧鉄建公団のAB線として建設が進められた経緯があるためか、線路の規格が妙に高く、起伏に富む険しい地形を、高架やトンネルで直線状にクリアしてゆく。最後部から眺める限り、特急列車が数多く走っているような幹線級の線路であり、その良好な線形を活かして、山間部では約90km/hで快走するのだが、昭和の高規格は未曾有の大津波に歯が立たなかったらしく、海岸部では震災後に築かれた真新しいコンクリ防潮堤兼築堤の上を走行した。
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沿線の各地域では復興の槌音が響く。
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空き地が目立つ田老駅では、久慈行の列車と交換。
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【15:47/15:53 宮古駅】
宮古到着時には遅延が回復しており、定刻通りに到着した。三陸鉄道からJRへ連絡通路を歩き、6分間の接続でJR山田線の盛岡行に乗車した。できるならば宮古以南も公共交通機関で三陸海岸を南下したかったが、山田線の宮古以南はまだ復旧しておらず、代替バスを乗り継ぐと宮古から釜石まで2時間もかかってしまう上、私は翌日から出勤しなくてはならなかったので、残念だが今回は宮古から内陸に入って盛岡に出て、そこから新幹線で東京へ帰ることにした。
盛岡行のキハ110は単行(1両のみ)。既にほとんどの座席は埋まっていたが、辛うじてロングシート一人分が空いていたので、そこへ着席することができた。現在盛岡・宮古間の旅客輸送は閉伊街道を走る「106急行バス」が主役であり、すっかり脇役に堕ちてしまった山田線は、いつもならそれほど混雑していないのだろうけど、観光シーズンだからか、車内には大きな荷物を抱えた客が多く、需要の掘り起こし方によっては、まだまだ山田線にも対向の余地が残っているのかもしれない、なんて両隣の客に挟まれながら素人臭い考えを思い浮かべて、車内での時間を過ごした。
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列車はエンジンを唸らせながら急カーブが連続する上り勾配を走ってゆくのだが、峠越えの険しい線形ゆえ、スピードはちっとも上がらず、並行する国道106号線(閉伊街道)を走行するトラックや自動車、そして自転車で峠を越えてゆこうとするサイクリストにまで追い抜かされる体たらくであった。
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【17:20/17:26 区界駅】
宮古から延々続いた上り勾配はこの区界駅でおしまい。ここから盛岡までは、一転して下り一辺倒となる。この駅では行き違い列車との交換待ちのため、約5分間停車。その間に車内の客は一斉に外へ出て、深呼吸をしながら体をストレッチさせていた。
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【18:08 盛岡駅・着】
下り勾配ではエンジンのエグゾーストもおとなしくなり、車窓は徐々に薄暗くなってゆく。そうした変化につられて車内には眠たくなるような空気が満ち始め、あちこちの座席から寝息が聞こえ始めたと気づいたころに、いつの間にか私も微睡んでいた。上盛岡駅からドッと乗り込んできた大量の乗客の気配で目を覚まし、列車はやがて盛岡駅に到着。
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盛岡ではご当地グルメの冷麺を食べることに決めていた。今回訪れたのは、いまでは東京や近郊にも出店するようになった盛岡冷麺の有名店「ぴょんぴょん舎」盛岡駅前店。駅付近には他にも冷麺の店があるので、ご当地にしか無いお店に入れば良いものを、あえてこのベタなチェーン店に入った理由は…
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一人でも焼肉できちゃう小さなロースター付きのカウンターがあるからだ。新幹線の駅前という場所柄、出張客も多いわけで、一人でも冷麺や焼き肉を気軽に楽しんでもらうべく、そのような座席が用意されているのだろう。この日は女性の一人客もおり、店の目論見は見事に中っているようであった。
全ての旅程を計画通り済ませたことに大満足しながら、生ビールを飲み干し、「冷麺焼肉セット」に舌鼓を打って旅の最後の味覚を楽しんだ。これだけ充実した旅を実践できたのに、当日中に東京へ戻れるのだから、新幹線はなんと有り難いことか。
【盛岡19:50発・新幹線「はやぶさ36号」→22:04東京着】
(完)
.
<<旅程>>
・1日目
帯広7:15→【十勝バス】→9:37広尾10:00→【JR北海道バス】→10:57襟裳岬(観光・昼食)13:27→【JR北海道バス】→14:20様似14:34→【JR日高本線】(※)→17:53苫小牧18:28→【室蘭本線】→18:35糸井駅(「しらかば温泉湯」で銭湯・夕食)19:51→【室蘭本線】→19:58苫小牧(タクシー移動)苫小牧港21:15→【川崎近海汽船「シルバープリンセス」】
(※)日高本線は現在鵡川~様似間が不通で、代行バスによる運行となっている。
・2日目
(船中泊)→4:45八戸港(タクシー移動)本八戸5:43→【JR八戸線】→5:49陸奥湊(朝市で朝食)7:28→【JR八戸線】→9:02久慈10:35→【三陸鉄道北リアス線】→11:30島越(北山崎断崖クルーズ・12:15発)13:58→【三陸鉄道北リアス線】→14:11普代(昼食)14:50→【三陸鉄道北リアス線】→15:47宮古15:53→【JR山田線】→18:08盛岡(夕食)19:50→【新幹線「はやぶさ36号」】→22:04東京
●今回の記事では下線部の旅程に関して述べている。
・1日目
帯広7:15→【十勝バス】→9:37広尾10:00→【JR北海道バス】→10:57襟裳岬(観光・昼食)13:27→【JR北海道バス】→14:20様似14:34→【JR日高本線】(※)→17:53苫小牧18:28→【室蘭本線】→18:35糸井駅(「しらかば温泉湯」で銭湯・夕食)19:51→【室蘭本線】→19:58苫小牧(タクシー移動)苫小牧港21:15→【川崎近海汽船「シルバープリンセス」】
(※)日高本線は現在鵡川~様似間が不通で、代行バスによる運行となっている。
・2日目
(船中泊)→4:45八戸港(タクシー移動)本八戸5:43→【JR八戸線】→5:49陸奥湊(朝市で朝食)7:28→【JR八戸線】→9:02久慈10:35→【三陸鉄道北リアス線】→11:30島越(北山崎断崖クルーズ・12:15発)13:58→【三陸鉄道北リアス線】→14:11普代(昼食)14:50→【三陸鉄道北リアス線】→15:47宮古15:53→【JR山田線】→18:08盛岡(夕食)19:50→【新幹線「はやぶさ36号」】→22:04東京
●今回の記事では下線部の旅程に関して述べている。
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【13:58 島越駅・発】
観光船の港から駅へ戻ってきたのは13:15頃。1ヶ月前に再開したばかりの島越駅周辺は、まちづくりに向けての工事の真っ最中であり、誇張でも何でもなく、本当にお店が一軒も無いから昼食がとれない。かと言って、宮古方面へ先に進もうにも、次の列車は15:04まで無いから、空腹様態で2時間も待つのはかなりツラい。そこで、旅程をちょっと戻る形になるが、久慈行の列車で駅を2つ北上し、普代駅へ向かうことにした。
午前中に久慈から乗った宮古行の列車はツアー客で占拠されていたが、この久慈行の車内も胸にワッペンを付けた爺さん婆さんが元気にはしゃいでいた。河北新報2015年6月17日の「<三鉄>決算2期ぶり黒字 14年度」という記事でも伝えられているように、いまの三陸鉄道にとって復興支援をテーマにしたツアーは、本当に大きな支援となっているのだろう。実際に乗車してそのことを認識した。ただ、熱しやすく冷めやすい日本人のことだから、今年度以降はその熱がどうなることやら。
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【14:11 普代駅・着】
普代駅で降りたのは私を含め3名。あの団体さんはどこで下車するのだろうか。
駅からすぐのところに村役場があるこの普代駅なら、徒歩圏に何かしらの飲食店があるだろう。
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この駅は国鉄久慈線時代の昭和50年に開業。それゆえファサードの随所に国鉄風情が残っている。駅前ロータリーは妙にガランとしており、商店街があるわけでもない。私のアテは外れたのかと落胆しかけたのだが…
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駅から歩いて2分もしないうち、村役場の前に食堂を見つけた。田舎の役場のまわりには、えてして飲食店があるものだが、ここでもその法則が見事に当てはまった。いわゆる大衆食堂である。お昼の時間を過ぎていたので、お休み時間に入っているのではないかと不安だったが、まったく問題なく営業していてホッとした。
数あるメニューの中から中華丼を注文したところ、目の前に出されたものは、一般的な中華料理店で見られるような中華丼とはやや趣を異にしており、あんかけの量が多く、胡椒が効いてとってもスパイシーな、オリジナリティ溢れる不思議な味覚であった。でも空腹こそ最高の調味料というように、あっという間に平らげてしまった。
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【14:49 普代駅・発】
この日の最大目的である「北山崎断崖クルーズ」を終え、無事に昼食も済ませたので、あとは単純に南下して盛岡へ向かうのみ。入線してきた列車は、オデコの豚鼻ライトがキハ20を彷彿とさせる平成生まれのレトロ車両。2~3分遅れて運転されていたのだが、車内に入ってその理由が判明。案の定、この列車にもツアー客が数組乗っていたのだが、足腰の弱い年寄りばかりなので、駅での乗降に時間を要し、どうしても遅延が発生してしまうのだ。しかも面倒なことに、どのグループにも大抵数名のお喋り好きな爺さん婆さんがいるもので、出発を急いでいるのに、アテンダントを捕まえては「なに、おねえちゃんはまだ結婚してないのか。それなら知り合いの社長さんの息子を紹介してやるぞ、連絡先教えろ、ガハハハ」なんて一幕が繰り返されるもんだから、どうにも始末に負えない。傍から見ている分には昭和のコメディ映画みたいで面白いのだが、自分が当事者だったらストレスを爆発させているかもしれない。アテンダントの皆様、大切なお客様の対応、お疲れ様です。
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ボックス席はツアー客で埋まっていたので、列車最後尾に立って、貫通扉の窓にかじりつき、後方へ去りゆく景色を眺め続けた。三陸鉄道北リアス線は旧鉄建公団のAB線として建設が進められた経緯があるためか、線路の規格が妙に高く、起伏に富む険しい地形を、高架やトンネルで直線状にクリアしてゆく。最後部から眺める限り、特急列車が数多く走っているような幹線級の線路であり、その良好な線形を活かして、山間部では約90km/hで快走するのだが、昭和の高規格は未曾有の大津波に歯が立たなかったらしく、海岸部では震災後に築かれた真新しいコンクリ防潮堤兼築堤の上を走行した。
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沿線の各地域では復興の槌音が響く。
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空き地が目立つ田老駅では、久慈行の列車と交換。
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【15:47/15:53 宮古駅】
宮古到着時には遅延が回復しており、定刻通りに到着した。三陸鉄道からJRへ連絡通路を歩き、6分間の接続でJR山田線の盛岡行に乗車した。できるならば宮古以南も公共交通機関で三陸海岸を南下したかったが、山田線の宮古以南はまだ復旧しておらず、代替バスを乗り継ぐと宮古から釜石まで2時間もかかってしまう上、私は翌日から出勤しなくてはならなかったので、残念だが今回は宮古から内陸に入って盛岡に出て、そこから新幹線で東京へ帰ることにした。
盛岡行のキハ110は単行(1両のみ)。既にほとんどの座席は埋まっていたが、辛うじてロングシート一人分が空いていたので、そこへ着席することができた。現在盛岡・宮古間の旅客輸送は閉伊街道を走る「106急行バス」が主役であり、すっかり脇役に堕ちてしまった山田線は、いつもならそれほど混雑していないのだろうけど、観光シーズンだからか、車内には大きな荷物を抱えた客が多く、需要の掘り起こし方によっては、まだまだ山田線にも対向の余地が残っているのかもしれない、なんて両隣の客に挟まれながら素人臭い考えを思い浮かべて、車内での時間を過ごした。
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【17:20/17:26 区界駅】
宮古から延々続いた上り勾配はこの区界駅でおしまい。ここから盛岡までは、一転して下り一辺倒となる。この駅では行き違い列車との交換待ちのため、約5分間停車。その間に車内の客は一斉に外へ出て、深呼吸をしながら体をストレッチさせていた。
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【18:08 盛岡駅・着】
下り勾配ではエンジンのエグゾーストもおとなしくなり、車窓は徐々に薄暗くなってゆく。そうした変化につられて車内には眠たくなるような空気が満ち始め、あちこちの座席から寝息が聞こえ始めたと気づいたころに、いつの間にか私も微睡んでいた。上盛岡駅からドッと乗り込んできた大量の乗客の気配で目を覚まし、列車はやがて盛岡駅に到着。
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盛岡ではご当地グルメの冷麺を食べることに決めていた。今回訪れたのは、いまでは東京や近郊にも出店するようになった盛岡冷麺の有名店「ぴょんぴょん舎」盛岡駅前店。駅付近には他にも冷麺の店があるので、ご当地にしか無いお店に入れば良いものを、あえてこのベタなチェーン店に入った理由は…
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一人でも焼肉できちゃう小さなロースター付きのカウンターがあるからだ。新幹線の駅前という場所柄、出張客も多いわけで、一人でも冷麺や焼き肉を気軽に楽しんでもらうべく、そのような座席が用意されているのだろう。この日は女性の一人客もおり、店の目論見は見事に中っているようであった。
全ての旅程を計画通り済ませたことに大満足しながら、生ビールを飲み干し、「冷麺焼肉セット」に舌鼓を打って旅の最後の味覚を楽しんだ。これだけ充実した旅を実践できたのに、当日中に東京へ戻れるのだから、新幹線はなんと有り難いことか。
【盛岡19:50発・新幹線「はやぶさ36号」→22:04東京着】
(完)
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