前回記事で取り上げた坂巻温泉で立ち寄り入浴した後は、そこから安房峠側へちょっと登ったところにある「中の湯温泉旅館」で一晩を過ごしました。かつてこちらのお宿は国道158号線の釜トンネル付近に位置していましたが、安房トンネルの工事中に発生した水蒸気爆発事故の影響により、平成10年頃に旧道を安房峠方向へ登った中腹にある現在地へ移転したんだそうです。国立公園内(特別地域)という環境ですから、普通に考えると存在しているのが信じられないほど立派な建物ですが、工事に伴う補償的な移転なので、特例的に規模の大きな建築が認められたのでしょうね。
ロビーにてウェルカムドリンクをいただきながら宿帳に記載。ペンを置いて視線を上げると、眼前に広がるロビーの大きな窓からは穂高連峰を一望することができました。かつての中の湯温泉は梓川が流れる谷底でしたが、移転によってこの眺望を得ることができたのですから、怪我の功名と言えるかもしれませんね。
●客室
山の中の一軒宿とは思えないほど見事までに清掃が行き届いている館内を歩いて客室へ。
ところどころに設えられている坪庭が和の趣きを醸成しています。
いつものように今回も一人旅ですから、公式サイトを通じて一人旅専用のプランで予約したところ、少人数向けと思しきコンパクトな和室に案内されました。館内には多くの客室があるのですが、単に多いだけでなく、いろんな人数に応じるべく多様な客室を擁しているようです。6畳ほどの室内にはテレビ・洗面台とトイレなど一通りの設備が備え付けられていました。客室の窓からも穂高の山並みを眺めることができ、窓を開けると北アルプスから吹きおりる風が爽やかに入ってきてくれました。クーラーは無いのですが、場所柄そんなものは必要ありません。下界の暑さが嘘のようなほど冷涼です。しかも布団がフカフカなので、久しぶりに熟睡することができました。
●食事
お食事は食事処でいただきます。こちらも大きな窓が採用されているため眺めが良好なのですが、ありがたいことに窓側の席を用意してくださったため、絶景を何物にも邪魔されることなく独り占めすることができました。着席してまず生ビールを注文したのですが、そのビールが美味いったらありゃしない。もちろんこの景色が美味しさに一役買っていたかもしれません。
上画像は夕食です。お品書きに列挙されている献立を平たい表現で書き写すと、こごみの和え物、海老しんじょ、冬瓜の煮物、サーモン刺身、鴨鍋、イワナ塩焼き、お蕎麦、お吸い物(玉子豆腐・松茸・じゅん菜)、茶碗蒸し、などといったラインナップでした。信州ならではの山の幸を中心に、蔬菜から肉類までバランス良く、しかも上品な盛り付けで、見た目を含めて大変美味しくいただきました。ご覧のように割烹料理的なお食事なのですが、でも高級旅館や料亭のような肩肘を張るような雰囲気はなく、日本旅館と山小屋の両者をイイトコ取りしているような、気楽な感じでいただけました(実際に焼岳登山の基地でもありますからね)。
こちらは朝食。焼岳登山や上高地散策の基地としての側面もあるためか、開始時間が7:00もしくは7:30と、一般的なお宿よりもちょっと早めです。シャケや卵焼きといったオーソドックスな品の他、ふわふわの豆腐鍋、峠を越えた向こうの飛騨名物朴葉味噌など、胃に優しいながらもしっかりとしたボリュームを口にすることができました。
●家族風呂
これだけ立派なお宿ですから温泉の大浴場があるわけですが、それに関しては次回記事で紹介するとして、今回記事では家族風呂を簡単に取り上げます。
男女別の大浴場に並んで、小ぢんまりとした家族風呂が1室あり、空いていればいつでも追加料金不要で貸切利用できます。
男と女はそれぞれ紺と紅の暖簾ですが、家族風呂には芥子色の暖簾が掛けられていました。使用人数が限定されるお風呂ですから脱衣室はコンパクトで棚や籠の数も限られていますが、洗面台やドライヤーなどひと通りの備品が用意されており、清掃がきちんと行き届いているので、使い勝手は良好です。
浴室も民宿を思わせる小さなもので、タイル張りの室内に据えられた浴槽は1〜2人サイズといったところ。室内にはシャワー付きカランが1基設置されていて、アメニティー類も備え付けられています。
小さいお風呂とはいえ、石の湯口から注がれているのはれっきとした中の湯の温泉。浴槽の中では白い湯の華が浮遊しており、イオウの香りがふんわり漂っています。窓の外に広がる森から涼やかな風が入ってくるので、爽快な湯浴みが楽しめました。小さなお子さんをお持ちの方、ハンディーキャップをお持ちの方、そして諸々の理由で大浴場が使えない方など、大浴場が使いにくいお客さんは温泉旅館を楽しみにくい傾向がありますが、こうした家族風呂があれば、そのような方々も温泉を存分に満喫することができますね。
なおお湯のインプレッションに関しては、次回記事で述べさせていただきます。
次回記事では大浴場について取り上げさせていただきます。
後編へ続く