正月二日。
オレは一人で飛行機に乗った。
飛行機の中でオレはずっと考えていた。
どうしてばあちゃんは突然オレだけ先に帰らせたんだろう。
勉強しろだなんて、とってつけたような理屈で近所のじいさんに無理言ってまで。
オレに何をしろって言うんだ、ばあちゃん。
無力な、何もできない、子うさぎのようなオレだぜ。
太郎のために、一体このオレがなにができるってんだ。
荷物はまとめて送ってあげるからと追い出され、オレはまるで近所のコンビニにでも行くような軽い格好だ。
肌身離さず持ってたiPodは、太郎に拝み倒されて貸してしまった。
金だけは、ばあちゃんが驚くほどくれた。
ママ猿には内緒にしとこう。
オレの頭は、何一つ考えつかないまま、しかし、自宅へ向かう電車ではなく、学校の方、すなわちスマートヘ向かう電車に乗った。
マスターに会って相談しよう。
電車を降りてスマートヘ向かう。
あれ?末さん?
「をっ!街結!帰ってきたのか?太郎も一緒?え?一人?え?街結のばあちゃんちに太郎一人残ってんの?」
簡単に事情を説明するオレに、わかったようなわからないような顔の末さん。
そりゃそうだ。当の本人のオレだって、あんまりわかってないんだから、今のこの状況。
末さんが言う。
「今までスマートにいたんだけどさ、千春ちゃんちのばあさんが来たんだ。
気持ちはわからんではないよ、ばあさんの。
娘と孫の間に挟まって、どうしたらいいのかわからんのだろうけどさ、それを元ちゃんに相談されてもなあ。
元ちゃんも困るよなあ。
このままあそこにいて、しまいにばあさんが元ちゃんに「太郎に、千春と荒木さんのこと認めてあげるように説得して」なんて言いだしたらと思ったら
もう、いられなくなって出てきたとこなんだよ。」
オレは、頭がぐらっと揺れた。
オレも、太郎のばあちゃんと同じことしようとしてた。
いや、さすがにマスターに「千春さんと荒木さんのことを太郎に認めさせましょうよ。」なんて言う気はないが、
オレが太郎のためにどうしたらいいかをマスターに相談しようなんて甘い考えだ。
マスターは当事者だ。
めっちゃ騒動の輪の中の人だ。
そんな人に、オレは頼ろうとしてたなんて、バカだ。
オレは、輪の外にいるんだから、頼られるはずのポジションなのに、何やってんだよ。
「オレ、帰ります。」
くるりとまた駅の方へ向かうオレに末さんが「頼むよ、太郎のこと、頼むよ。」と叫んだ。
オレは家に帰った。
部屋に籠った。
今までの、オレが聞いている情報の全てを駆使してパソコンで検索し、明け方にやっとオレは荒木さんの連絡先を入手できた。
少し仮眠してから、荒木さんに連絡をとって、会ってもらう段取りをつけた。
荒木さんは「昼間、ちょっと用事があるから、夜でいいかなあ。」と言い、折り返し連絡するからと一旦電話を切った。
そして5分もしないうちにまたかけ直してくれて、オレの住んでいるとこはどこかと聞き、しばらく考えていたが
オレんちから自転車で行ける駅に5時半待ち合わせってことになった。
うちから自転車で15分ほどのその駅は、公園の名前がついてはいるけどただっぴろいだけが取り柄の、なにもない公園だから、
ふだんでも人けがない。
ましてや、正月。
だれもいない・・・
耳が一回ちぎれてまた生えた、くらいの寒い中、チャリで公園を突っ切って駅へ到着。
荒木さんはもう来ている。
「突然スミマセン。」と謝るオレに「寒かったなあ、今日。この駅、初めて降りたんだけど、ちょっと地味だな。
マックか日高屋しかないね。どっちがいい?」
じゃあマックでってことで。
誰もいない店内の、カウンターから一番遠い席に座る。
荒木さんが「俺さ、今日ディズニーランド行ってたんだ。娘と。」
へ?娘?誰の?
「俺、バツイチでね、娘がいるんだ。10歳の。
円満離婚ってやつだからさ、時々は会うんだ、娘とも。
で、今日、ディズニーランド連れて行っててさ。街結君ちの場所聞いたら、結構近くだろ。
じゃあここの駅でってことにしたんだ。」
そんな大事な用事の日だったら断ってくれて良かったのに、と焦りまくるオレに
「いや。いいんだ。それは。太郎君のこととかいろいろ気になってたから、連絡もらって良かったよ。
よくわかったね、俺の連絡先。
千春さんに聞いた?え、ネットで?
いやあ、さすがイマドキの子だねえ。
っていうより、俺の個人情報だだ漏れってことなのか?」
オレは荒木さんに会って、太郎のことを話そうと思っていた。
いままでの太郎と、それを取り巻く人たちのことを。
荒木さんはずっと黙って聞いてくれていた。
オレの話が終わると
「オレって、なんでもソツなくこなすタイプなんだよ。
仕事も人付き合いも。
離婚すら、失敗とは思ってないところもあって。
離婚はね、結婚して娘が生まれて1年目くらいの頃に、妻のほうから言われたんだ。
オレ、まあまあいい夫だと思ってたし、娘も可愛いし、びっくりしたよ、そんなこと言われて。
でも、今振り返れば、育児疲れとかそういうことだったんだと思うんだ。
いい夫ってのは自己申告だし、小さな会社だからさ、やっぱ平日とかは深夜まで帰れなかったりで、
彼女煮詰まってたんだろうね。
彼女を落ち着かせる意味でも一度リセットしようと思って、離婚して。
養育費とか面会のこととかもちゃんとしてたつもりだよ。
また復縁という形になるだろうなんて勝手に楽観視して。
でもさ、娘が3歳になった頃だったかなあ、もう養育費はいらないからって言われて。
再婚するからって言うんだよ。
びっくりしたよ、そんなケースは想定してなかったからね。
妻は「これからも、娘とは会いたい時に会ってね。」なんていうけどさ、俺としては迷いが生じるわけだよ。
『くれは』は、あ、『くれは』って娘の名前ね。
紅葉ってかいて『くれは』っていうの。可愛いでしょ。俺が考えた。
『くれは』は、新しいパパと俺との間で迷わないのか。
再婚相手は、二人のパパになついてる娘をかわいがってくれるものだろうか。
そういうことを妻に言ったら、少しホッとしたような顔してさ、「実は再婚相手からも同じようなことを言われてる」っていうんだよ。
俺に気を使って、いつでも会っていいよって言ったけど、本音を言うと、しばらくは会わないでほしい。
『くれは』には、早く新しいパパになついて欲しいからって。
小学生になったら、ちゃんと『くれは』にも話をして、あなたとも定期的に会わせるようにするわって。
で、今、年に一回会うようになったんだ。
俺はさあ、もう、楽しみにしてるわけよ、七夕のひこ星みたくさあ。
なんでも買ってあげて、行きたいっていうところに連れて行ってあげて。
『くれは』は、いい子に育ってくれてて、ニコニコ楽しそうにしてくれてるんだ、俺と会ってる時。
今朝、スプラッシュマウンテンの行列に並んでる時に街結君から電話もらったんだ。
いつもは、晩ご飯まで食べてから送って帰るんだけどさ、急用で夕方までしか一緒にいられないって話を一回電話切った後で『くれは』にしたらさ、
なんだか、ホッとしたような顔したんだよね、一瞬だけど。
「ご用があるなら、いいよ。あたし、一人で帰れるよ。」って言うから、「いやちゃんとおうちまで送るよ。」って言ったら
「じゃあ、パパに電話して迎えにきてもらっていい?」って言うんだ。
なんていうかショックっていうか複雑な気持ちでウンって言ったらすぐ電話してさぁ
ものすごい勢いで事情を説明しだして、ちょっと甘えた感じで『パパ、夕方ディズニーランド来てよ!晩ご飯もここで食べて帰ろうよ。
8時半には花火が上がるんだよ。それまで見てから帰ろうよ。』
ママじゃなくて、新しいパパに直接電話してるのもショックだったし、わかっちゃいるけど、『くれは』が迷いなく『パパ』って呼んでるのとかもショックだったな。
俺は一体なんなんだろって思ったなあ。
手を放してしまったことをこれほど後悔したことは今までなかったよ。
オレは一人で飛行機に乗った。
飛行機の中でオレはずっと考えていた。
どうしてばあちゃんは突然オレだけ先に帰らせたんだろう。
勉強しろだなんて、とってつけたような理屈で近所のじいさんに無理言ってまで。
オレに何をしろって言うんだ、ばあちゃん。
無力な、何もできない、子うさぎのようなオレだぜ。
太郎のために、一体このオレがなにができるってんだ。
荷物はまとめて送ってあげるからと追い出され、オレはまるで近所のコンビニにでも行くような軽い格好だ。
肌身離さず持ってたiPodは、太郎に拝み倒されて貸してしまった。
金だけは、ばあちゃんが驚くほどくれた。
ママ猿には内緒にしとこう。
オレの頭は、何一つ考えつかないまま、しかし、自宅へ向かう電車ではなく、学校の方、すなわちスマートヘ向かう電車に乗った。
マスターに会って相談しよう。
電車を降りてスマートヘ向かう。
あれ?末さん?
「をっ!街結!帰ってきたのか?太郎も一緒?え?一人?え?街結のばあちゃんちに太郎一人残ってんの?」
簡単に事情を説明するオレに、わかったようなわからないような顔の末さん。
そりゃそうだ。当の本人のオレだって、あんまりわかってないんだから、今のこの状況。
末さんが言う。
「今までスマートにいたんだけどさ、千春ちゃんちのばあさんが来たんだ。
気持ちはわからんではないよ、ばあさんの。
娘と孫の間に挟まって、どうしたらいいのかわからんのだろうけどさ、それを元ちゃんに相談されてもなあ。
元ちゃんも困るよなあ。
このままあそこにいて、しまいにばあさんが元ちゃんに「太郎に、千春と荒木さんのこと認めてあげるように説得して」なんて言いだしたらと思ったら
もう、いられなくなって出てきたとこなんだよ。」
オレは、頭がぐらっと揺れた。
オレも、太郎のばあちゃんと同じことしようとしてた。
いや、さすがにマスターに「千春さんと荒木さんのことを太郎に認めさせましょうよ。」なんて言う気はないが、
オレが太郎のためにどうしたらいいかをマスターに相談しようなんて甘い考えだ。
マスターは当事者だ。
めっちゃ騒動の輪の中の人だ。
そんな人に、オレは頼ろうとしてたなんて、バカだ。
オレは、輪の外にいるんだから、頼られるはずのポジションなのに、何やってんだよ。
「オレ、帰ります。」
くるりとまた駅の方へ向かうオレに末さんが「頼むよ、太郎のこと、頼むよ。」と叫んだ。
オレは家に帰った。
部屋に籠った。
今までの、オレが聞いている情報の全てを駆使してパソコンで検索し、明け方にやっとオレは荒木さんの連絡先を入手できた。
少し仮眠してから、荒木さんに連絡をとって、会ってもらう段取りをつけた。
荒木さんは「昼間、ちょっと用事があるから、夜でいいかなあ。」と言い、折り返し連絡するからと一旦電話を切った。
そして5分もしないうちにまたかけ直してくれて、オレの住んでいるとこはどこかと聞き、しばらく考えていたが
オレんちから自転車で行ける駅に5時半待ち合わせってことになった。
うちから自転車で15分ほどのその駅は、公園の名前がついてはいるけどただっぴろいだけが取り柄の、なにもない公園だから、
ふだんでも人けがない。
ましてや、正月。
だれもいない・・・
耳が一回ちぎれてまた生えた、くらいの寒い中、チャリで公園を突っ切って駅へ到着。
荒木さんはもう来ている。
「突然スミマセン。」と謝るオレに「寒かったなあ、今日。この駅、初めて降りたんだけど、ちょっと地味だな。
マックか日高屋しかないね。どっちがいい?」
じゃあマックでってことで。
誰もいない店内の、カウンターから一番遠い席に座る。
荒木さんが「俺さ、今日ディズニーランド行ってたんだ。娘と。」
へ?娘?誰の?
「俺、バツイチでね、娘がいるんだ。10歳の。
円満離婚ってやつだからさ、時々は会うんだ、娘とも。
で、今日、ディズニーランド連れて行っててさ。街結君ちの場所聞いたら、結構近くだろ。
じゃあここの駅でってことにしたんだ。」
そんな大事な用事の日だったら断ってくれて良かったのに、と焦りまくるオレに
「いや。いいんだ。それは。太郎君のこととかいろいろ気になってたから、連絡もらって良かったよ。
よくわかったね、俺の連絡先。
千春さんに聞いた?え、ネットで?
いやあ、さすがイマドキの子だねえ。
っていうより、俺の個人情報だだ漏れってことなのか?」
オレは荒木さんに会って、太郎のことを話そうと思っていた。
いままでの太郎と、それを取り巻く人たちのことを。
荒木さんはずっと黙って聞いてくれていた。
オレの話が終わると
「オレって、なんでもソツなくこなすタイプなんだよ。
仕事も人付き合いも。
離婚すら、失敗とは思ってないところもあって。
離婚はね、結婚して娘が生まれて1年目くらいの頃に、妻のほうから言われたんだ。
オレ、まあまあいい夫だと思ってたし、娘も可愛いし、びっくりしたよ、そんなこと言われて。
でも、今振り返れば、育児疲れとかそういうことだったんだと思うんだ。
いい夫ってのは自己申告だし、小さな会社だからさ、やっぱ平日とかは深夜まで帰れなかったりで、
彼女煮詰まってたんだろうね。
彼女を落ち着かせる意味でも一度リセットしようと思って、離婚して。
養育費とか面会のこととかもちゃんとしてたつもりだよ。
また復縁という形になるだろうなんて勝手に楽観視して。
でもさ、娘が3歳になった頃だったかなあ、もう養育費はいらないからって言われて。
再婚するからって言うんだよ。
びっくりしたよ、そんなケースは想定してなかったからね。
妻は「これからも、娘とは会いたい時に会ってね。」なんていうけどさ、俺としては迷いが生じるわけだよ。
『くれは』は、あ、『くれは』って娘の名前ね。
紅葉ってかいて『くれは』っていうの。可愛いでしょ。俺が考えた。
『くれは』は、新しいパパと俺との間で迷わないのか。
再婚相手は、二人のパパになついてる娘をかわいがってくれるものだろうか。
そういうことを妻に言ったら、少しホッとしたような顔してさ、「実は再婚相手からも同じようなことを言われてる」っていうんだよ。
俺に気を使って、いつでも会っていいよって言ったけど、本音を言うと、しばらくは会わないでほしい。
『くれは』には、早く新しいパパになついて欲しいからって。
小学生になったら、ちゃんと『くれは』にも話をして、あなたとも定期的に会わせるようにするわって。
で、今、年に一回会うようになったんだ。
俺はさあ、もう、楽しみにしてるわけよ、七夕のひこ星みたくさあ。
なんでも買ってあげて、行きたいっていうところに連れて行ってあげて。
『くれは』は、いい子に育ってくれてて、ニコニコ楽しそうにしてくれてるんだ、俺と会ってる時。
今朝、スプラッシュマウンテンの行列に並んでる時に街結君から電話もらったんだ。
いつもは、晩ご飯まで食べてから送って帰るんだけどさ、急用で夕方までしか一緒にいられないって話を一回電話切った後で『くれは』にしたらさ、
なんだか、ホッとしたような顔したんだよね、一瞬だけど。
「ご用があるなら、いいよ。あたし、一人で帰れるよ。」って言うから、「いやちゃんとおうちまで送るよ。」って言ったら
「じゃあ、パパに電話して迎えにきてもらっていい?」って言うんだ。
なんていうかショックっていうか複雑な気持ちでウンって言ったらすぐ電話してさぁ
ものすごい勢いで事情を説明しだして、ちょっと甘えた感じで『パパ、夕方ディズニーランド来てよ!晩ご飯もここで食べて帰ろうよ。
8時半には花火が上がるんだよ。それまで見てから帰ろうよ。』
ママじゃなくて、新しいパパに直接電話してるのもショックだったし、わかっちゃいるけど、『くれは』が迷いなく『パパ』って呼んでるのとかもショックだったな。
俺は一体なんなんだろって思ったなあ。
手を放してしまったことをこれほど後悔したことは今までなかったよ。
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