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2月19日(木)晴れ
昨日の習字の時、Aちゃんママと話す。
先日亡くなったT本君のママの話。
お通夜の日、だいぶ早くに斎場についてしまったAちゃんママとAちゃん。
T本君のおねいちゃん(高二)が、気付いて挨拶にきたそうだ。
そして、いろいろお母さんのことを話してくれたそうなのだ。
T本君の合格発表の日を待って、病院へ行くと、即入院と言われた。
肺とか腸とかに転移していたらしい。
そして手術をして、「これから抗がん剤でガンを叩いていきましょう」ということになり、
ママも「絶対に頑張る」と親族に誓ったというのだ。
それなのに、その明け方、パパに起こされ、R病院に駆けつけたがそのまま亡くなった。
そして、お医者さんが「運命です」と言ったと言うのだ。
こんなご時世、医療事故だのややこしいことになるから下手な事は言えないのだろうが、
だからといって「運命」を持ち出されても・・・家族は納得しないでしょう!!
ワタクシも納得しないっ!
Aちゃんママも納得しない!
もちろん、納得してないから、おねいちゃんも「『運命です』って言われた!」と
訴えたのであろう。
昨年の暮れに、Aちゃんママのお友達が、激しい頭痛を訴え、R病院へ駆け込んだ。
R病院は、ワタクシ達の住む街では一番大きい総合病院。
大きいゆえか、検査は予約制のため、彼女はほとんど何の検査もしてもらえず帰宅。
翌日、出勤するための駅の構内で倒れ、三時間後に亡くなった。
そんな話も、また思い出しながら
Aちゃんママが「だから、Aに、『もしママが倒れてもR病院には運ばないでねっ』って
言っちゃったわよ!」
同感である。
私自身、ドクターの言葉には一喜一憂する日々を過ごした経験があるから、
ドクターは、医療のことだけ優れていればいい、とは思えない。
人間的にも優れた人でなければ、患者は信頼できない。
患者や、遺された家族が、傷ついたり、納得いかないような言葉を
保身のためだけに吐くようなドクターがいる病院は、
また、風評という言葉によって、廃れていくのだ。
言葉を大事にしない人は、言葉によって、痛い目に遭わされるんだから。
昨日の習字の時、Aちゃんママと話す。
先日亡くなったT本君のママの話。
お通夜の日、だいぶ早くに斎場についてしまったAちゃんママとAちゃん。
T本君のおねいちゃん(高二)が、気付いて挨拶にきたそうだ。
そして、いろいろお母さんのことを話してくれたそうなのだ。
T本君の合格発表の日を待って、病院へ行くと、即入院と言われた。
肺とか腸とかに転移していたらしい。
そして手術をして、「これから抗がん剤でガンを叩いていきましょう」ということになり、
ママも「絶対に頑張る」と親族に誓ったというのだ。
それなのに、その明け方、パパに起こされ、R病院に駆けつけたがそのまま亡くなった。
そして、お医者さんが「運命です」と言ったと言うのだ。
こんなご時世、医療事故だのややこしいことになるから下手な事は言えないのだろうが、
だからといって「運命」を持ち出されても・・・家族は納得しないでしょう!!
ワタクシも納得しないっ!
Aちゃんママも納得しない!
もちろん、納得してないから、おねいちゃんも「『運命です』って言われた!」と
訴えたのであろう。
昨年の暮れに、Aちゃんママのお友達が、激しい頭痛を訴え、R病院へ駆け込んだ。
R病院は、ワタクシ達の住む街では一番大きい総合病院。
大きいゆえか、検査は予約制のため、彼女はほとんど何の検査もしてもらえず帰宅。
翌日、出勤するための駅の構内で倒れ、三時間後に亡くなった。
そんな話も、また思い出しながら
Aちゃんママが「だから、Aに、『もしママが倒れてもR病院には運ばないでねっ』って
言っちゃったわよ!」
同感である。
私自身、ドクターの言葉には一喜一憂する日々を過ごした経験があるから、
ドクターは、医療のことだけ優れていればいい、とは思えない。
人間的にも優れた人でなければ、患者は信頼できない。
患者や、遺された家族が、傷ついたり、納得いかないような言葉を
保身のためだけに吐くようなドクターがいる病院は、
また、風評という言葉によって、廃れていくのだ。
言葉を大事にしない人は、言葉によって、痛い目に遭わされるんだから。
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