蓼科浪漫倶楽部

八ヶ岳の麓に広がる蓼科高原に、熱き思いあふれる浪漫知素人たちが集い、畑を耕し、自然と遊び、人生を謳歌する物語です。

たなばた  (bon)

2023-07-05 | 日々雑感、散策、旅行

 梅雨の晴れ間なのか、真夏日がのぞくこの頃、しばし、世の中の憂さを忘れて
星の世界を覗いてみることにしました。
 というのも、手元に届いたばかりの会報の連載記事に『七夕~星合の空~』
(渡部潤一氏、国立天文台上席教授)が目に留まったのです。丁度この時期に
合わせて掲載されたもので、七夕伝説はよくご存じですが、記事にも書かれて
いて、今一度これらの記事を拝借して、ひと時このロマンの世界へ皆様と共に
旅してみたいと思いました。

        (ココログぺージより)

 天の川を挟んで、西岸に織姫、東岸に彦星(牽牛星)の共に1等星が輝き、この
二人の物語が語られているのです。

 元々、古くからの中国の行事に、7月7日に織女星にあやかって、はた織りや
裁縫、更には書や笛が上達するようにと庭先の祭壇に針などをそなえて、星に
祈りを捧げる「乞巧奠(きこうでん)」が奈良時代に伝来し、日本古来から禊
(みそぎ)行事として行われていた「棚機(たなばた)」の行事に合わさって生
まれたとあります。
 この「棚機」とは、やはり7月7日の頃に、水辺などの清らかな場所にある機屋
(はたや)にこもって着物を織り神様にお供えして豊作を祝うというものであっ
たそうです。 

 天の川を挟んで、輝く二つの星を、裁縫の仕事を司る織女星と、農業の仕事を
司る牽牛星の物語へと発展したようです。物語は、いろいろとあるようですが、
会報の下りから引用(短縮して)させていただきました。よくご存じの通りです。

『牽牛星は、天の川のほとりで牛を飼いながら暮らす真面目な若者だった。その
働きぶりが天帝の目に留まり、自分の一人娘である織姫の婿にと引き合わせた
ところ、二人はたちまち恋に落ち結婚しました。しかしその後、二人は仕事を
しなくなってしまいました。牛たちは死にかけ、織姫が作った神々の服は次第
にボロボロになりました。怒った天帝は、二人が会えないように天の川の両岸に
離れ離れにしたのです。織姫は天の川の西岸に、牽牛星は東岸に輝いているの
です。 
 織姫は、牽牛が忘れられず泣いてばかりの毎日を過ごしているので、さすがに
天帝も可哀そうに思い、これから二人とも真面目に働くならばという条件付きで、
年に一度七夕の夜にだけ会うことを許したのです。そして、七夕の夜、どこから
ともなくカササギが飛んできて天の川に橋を架けるようになった。』と。

       カササギ橋で
       (世界の民謡・童謡より)

 このように、もともと縫物や機織りが上手になるという願いを込めた乞巧奠が、
日本独自に発展を遂げ、江戸時代には庶民の間でも大いに盛り上がる節句の一
つであったそうです。 日本独自に、二つの星の逢瀬を意味する言葉として
「星合(ほしあい)」が生まれたとあります。

 藤原定家の和歌に、「さえのぼる 月のひかりに ことそひて 秋のいろなる
 ほしあひのそら」や建礼門院右京太夫の「何ごとも 変はりはてぬる 世の
中に ちぎりたがはぬ 星合の空」 
が挙げられていました。

 定家の歌で、七夕が秋の季語になっていますが、旧暦では秋の季語なのだそう
です。

 旧暦の7月7日は、新暦では8月上旬から下旬に相当し、旧暦では7月7日は
すでに梅雨明けしているのですね。 現在では梅雨明け前であり、どうしても
雨や曇りが多い上に、新暦では月の出具合も様々で、明るい夜空となったりし
ますが、江戸時代では、月の形も同じで晴れる日が多いことから、夜空を楽しむ
のにもってこいであったに違いありません。

 国立天文台では、七夕をより楽しむため旧暦の7月7日を「伝統的七夕」の日
として、新暦で発表されています。今年(2023年)は、8月22日だそうです。

 先の定家の歌にある7月7日の月は、月齢6前後の細い月で舟の形にも見え、
7日の夜にはこの舟形の月が、南西の空つまり織姫側に輝き、織姫を乗せて日
ごとに東へと移動して二日後には牽牛のいる東岸に渡ると見ることもできると
あります。天体のロマンですね。

        月齢6の月
        (アストロアーツより)
        

 ところで、この二つの星(織姫と牽牛)の間の距離は、約15光年だそうで、
これは、約140兆㎞に相当するらしく、新幹線で行っても6500万年もかかる。
とても1年に1度の往復など無理でこれでは、二つの星は会うことが出来ないの
ではないか、と思うかもしれないが、天文学的に言えばそうではないのですね。
 これらの星は太陽と同じ恒星で、太陽は、今46億歳であと50億年ほど長生き
するようで、織姫も牽牛も太陽よりは寿命が短いとしてもまだ数億年以上は生き
ているはずで、仮に分かり易く1億年生きるとすれば、1億年生きる星の1年は、
100歳まで生きる人間に当てはめると、なんと30秒程なのだそうです。 なので、
二つの星が1年に1度ずつ会っているというのは、人間にとってみると30秒に1度
デートしているようなもので、これはつまり一緒にいることと同じだ。
 このお話は、落語家柳家小ゑん師匠の新作落語「銀河の恋の物語」の中で披露
されているとありました。

            

 話しは落ちましたが、天体望遠鏡を発明した人類は、肉眼では見えない天体を
次々と発見してきました。 この織姫(ベガ)の近くに美しい天体を発見した
のです。まさに宇宙が作りだした最高の芸術といえるほど素晴らしいとあります。

        環状星雲
        (ネット画像より)

 上の写真のように、見事な円形の雲で、環状星雲、あるいはリング星雲と呼
ばれ、M57 と呼ばれている星雲です。中心部の黒くなったところは、すでに老人
の星となり水素燃料がなくなって燃え尽きて極めて高温となっていて、その星
から放射される紫外線によって周りのガスが光ってリング状になっているのだ
そうです。
 ぽっかりと闇に浮かぶこの環状星雲は天文愛好家の中でも人気があるそうで
すが、これが織姫の近くにあって、しなやかな織姫の指にはめられた指輪では
ないのか‥フトそんなことを思い浮かべると述べられていました。

 この天体を作品に取り入れたのは、宮沢賢治の童話「シグナルとシグナレス」で、
この指輪をシグナレスに捧げるとのシーンがあるそうです。

               

 旧暦の七夕(新暦で今年8月22日)の夜、晴れた夜空に、リングをはめて舟
に揺られて行く織姫の姿をじっくりと眺めてみたいものです。

 

(追補)

  • 天の川の真上を飛んでいるような「白鳥座」の1等星デネブと、織姫、牽
    牛の3つの1等星で「夏の大三角」を構成しています。
  • 日本での昔の祭祀は、「夜明けの晩」に行うことが常でしたから、七夕祭
    りは、7月6日の夜から7日の早朝の間に行われたとあります。
  • 徳川幕府が定めた五節句(人日、上巳、端午、七夕、重陽)の式日は、明
    治6年に神武天皇即位日と天長節の両日が祝日として定められたことによ
    り廃止された。

     夏の大三角          
       (国立天文台より)

     仙台七夕飾り 
       (Live Japanより)

 

 

 

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