先日のH氏からの情報配信で、掲題の一見奇妙なタイトルの記事に目が止まりました。
“腐る経済” とは、自然界が皆そうであるように、最後は腐って土に還る・・という生態系を保ち、すべてのバランスが
とれているということを指している。 これに反して、例えば、農薬や添加物などの科学技術が “腐らない” あるいは
腐りにくい食べ物を作っている。これが自然の摂理に反しているといっていて、これが昂じると自然界のバランスが
どこか崩れて、後遺症が残ってしまうのではないか・・というのです。
“腐らない経済” の最たるものが “お金” であるという。 お金は、腐るどころか投資や金融によって
“増える” 性質を持っている。 社会や産業がうまく回ってい行くためには、お金(金融、投資)が必須であることは
言うまでもありませんが、ここでは、この “利潤” を追求するあまり、自然破壊や公害、さらには食品添加物、
遺伝子組み換え・・などの弊害を生んでしまうと警鐘を鳴らしているのです。
利潤より、循環と醗酵の理念に基づいた活動を展開して持続可能な社会形成に向けた取り組みをされているのです。
ベランダのカサブランカです。(記事と関係ありません。)
以下に、記事をご紹介します。
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『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』 (渡邉 格 著 講談社 2013/09 230p 1,680円)
1.腐らない経済
2.腐る経済
【要旨】岡山県真庭市勝山、岡山駅から電車で2時間以上かかる中国山地の中腹に「タルマーニー」という
パン屋がある。看板メニューは、天然麹菌で仕込んだ「酒種」でつくる「和食パン」。1個350円という高価格ながら
評判を呼び、地域経済の発展にも貢献しているという。 しかし、その商品以上にこの「田舎のパン屋」が
ユニークなのは、経営理念が「利潤を出さない」ことである点だ。 本書の著者、渡邉格さんは同店の創業者だが、
2008年の開店時に父親から薦められて読んだカール・マルクスの『資本論』をもとに、店のコンセプトに辿り着く。
本書では、そのコンセプトや、パン屋開店からその後のいきさつについて述べるとともに、現代の資本主義経済が
「腐らない経済」であり、自然の摂理に反していると指摘し、「タルマーニー」で実践している独自の理論「腐る経済」に
ついて詳説している。
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●おカネは自然の摂理に反し「腐らない」
自然界のあらゆるものは、時間とともに姿を変え、いずれは土に還る。それが「腐る」ということだ。
その変化の仕方には、大きくふたつある。「発酵」と「腐敗」。それを引き起こすのが「菌」の働きだ。素材が
人間の生命を育む力を備えている場合、「菌」は素材を、人間を喜ばせるパンやワインやビールのような食べものへ
と変える。これを「発酵」と言う。一方で、生命を育む力をもたない食材は、食べないほうがいいよと人間に
知らせるために、無残な姿へと変える。これを、「腐敗」と言う。
けれども、イーストのように人工的に培養された菌は、本来「腐敗」して土へと還るべきものをも、無理やり
食べものへと変えてしまう。添加物や農薬といった食品加工の技術革新も、同じような作用を引き起こしている。
時間とともに変化することを拒み、自然の摂理に反して「腐らない」食べものを生みだしていく。
そしてもうひとつ。時間による変化の摂理から外れたものがある。それが、おカネだ。
おカネは、時間が経っても土へと還らない。いわば、永遠に「腐らない」。それどころか、投資によって得られる
「利潤」や、おカネの貸し借り(金融)による利子によって、どこまでも増えていく性質さえある。
「利潤」を追求する力が大きくなれば、犠牲にされるものも大きくなる。資源開発のために環境を破壊したり、
廃棄物や排ガスを垂れ流して公害を生みだしたり、安全性が完全には証明されていない農薬や化学肥料、
食品添加物、遺伝子組み換え作物を使ったりもする。
その事態に、火に油を注ぐものでしかないと思えるのが、おカネの大増発だ。財政政策と金融政策でおカネを
ばら撒き、垂れ流し、世のなかにおカネをあふれさせている。
●「菌」の声に耳を傾け、ほんとうのことをするパンづくり
僕ら「田舎のパン屋」が目指すべきことはシンプルだ。食と職の豊かさや喜びを守り、高めていくこと、
そのために、非効率であっても手間と人手をかけて丁寧にパンをつくり、「利潤」と訣別すること。それが、
「腐らない」おカネが生みだす資本主義経済の矛盾を乗り越える道だと、僕は考えた。そのビジョンに向かって、
パンの製造や店の経営の現場でひとつずつかたちにしていくなかで、僕らは「菌」と巡りあった。純粋培養された
イーストではない、人類が昔からつきあってきた「天然菌」だ。
自然界では、「菌」の営みによってあらゆるものが土へと還り、「循環」のなかで生きとし生けるもののバランスが
保たれている。ときおり環境に変化が起こり、バランスが失われたときも、「循環」のなかで自己修復の作用が働いて、
バランスが取り戻される。
この自然の摂理を、経済活動に当てはめてみるとどうなるだろうか。生を全うする根底に「腐る」ことがある
のだとすると、「腐る経済」は、僕らひとりひとりの暮らしを、穏やかで喜びに満ちたものへと変え、人生を輝かせて
くれるのではなかろうか。人間も地域も、「腐る経済」によって、内なる力を発揮し、本来の生の滋味を満喫
できるようになるのではないだろうか。
僕らが目指すパンづくりとは、「腐らない経済」の真逆、小さくてもほんとうのことをするパンづくりだ。
できるだけ地場の素材を使い、環境にも人間にも地域にも意味のある素材を選ぶ。イーストも添加物も使わずに、
手間暇かけてイチから天然酵母をおこして丁寧にパンをつくる。真っ当な“食”に正当な価格をつけて、
それを求めている人にちゃんと届ける。つくり手が熟練の技をもって尊敬されるようになる。そのためにも
つくり手がきちんと休み、人間らしく暮らせるようにする。
これらはみな、日々の小さな小さな試行錯誤を積みあげてできてきたものだ。今もなお、毎日が試行錯誤の
連続だ。たとえば、昨日まで元気よく膨らんでいたパンが、ある日を境に突然膨らまなくなることもある。
そういうときは、「菌」の声に注意深く耳を傾ける。こうしてパンのつくり方や、メニューや、経営のあり方を変えていく。
自然はつねに、気候や時間とともに循環しながら平衡を保っている。変わることをやめるということは、
僕らが「菌」との対話を忘れてしまっているということだ。
「天然菌」は、無数で多様な「菌」たちとの競争・共生のなかで生きている。その環境を生き抜こうとするから、
「菌」の生きる力が強くなる。それに対して「純粋培養菌」は言うなれば温室育ちだ。何もしなくてものうのうと
生きていくことができる分だけ、個体としての生命力は弱い。
「菌」の多様性があるかどうかも、「天然菌」と「純粋培養菌」の大きな違いだ。たとえば、酵母に糖分を分解して
ほしいと思っても、「天然菌」の場合は、酵母以外の多種多様な菌が混入する。「天然菌」でつくるパンの、
多様で奥深い香りや食味は、多様な「菌」たちの生命活動から生まれるものなのだ。
●生産者とお客さんをつなぐ「ハブ」になる
2008年2月、田んぼや果樹園が広がる辺鄙な場所で古民家を借りて「田舎のパン屋」を始めた。
僕らのパンづくりにとっては、「田舎」はかけがえのない意味をもっている。何より、「天然菌」がすくすくと生きて
いける環境は、僕らにとって、かけがえのない宝だ。水や空気が汚れ、いたるところに化学物質があふれる都会
では、環境の変化に敏感な天然の菌は、伸びやかに生きていくことができない。
もちろん、不便さを受け入れる必要はあるが、そんな「田舎」にもIT革命の光は十分に届いている。
インターネットやソーシャルメディアの発展のおかげで、「田舎」にいながらにして、情報収集や情報発信も
思いのまま。それに交通インフラや配送サービスが発達したおかげで、勝山から東京までなら翌日にはパンを
届けることができる。
パン屋のいいところは、生産者とお客さんをつなぐ「ハブ」になれること。自然のなかで作物を育ててくれる
生産者には、敬意と感謝の思いを込めて正当な対価を支払い、その素材を、僕らが丹誠込めて加工して
パンをつくり、お客さんに正当な価格で販売する。そのために、僕らの店では原材料は、できるだけ近くから
仕入れるようにしている。パンを媒介にして地域内で農産物を「循環」させる。「地産地消」で、地域の「食」と
環境と経済をまとめて豊かにしていく。
「田舎」に暮らして5年あまり、「まちづくり」や「地域活性化」の名のもとで、「腐る経済」と正反対のことが
行われている現実を何度も目にしてきた。地域の「外」から引っ張ってきた補助金で、打ちあげ花火のような
まちおこしイベントをやってみたり、地域の「外」から原材料を調達して、地域の特産品をつくったりする。
これでは地域には何も残らない。結局、「外」から肥料をつぎこんで、促成栽培で地域を無理やり大きくしようと
しても、地域が豊かになることはない。むしろ、肥料を投入すればするほど、地域は痩せ細っていく。
土壌が痩せると、作物が自分の力で育つことができなくなり、肥料が欠かせなくなる。それと同じで、
地域が痩せると、地域の経済を自分たちの力で育てることができなくなる。
だから僕らは、地域通貨のようなパンをつくることを目指す。つくって売れば売るほど、地域の経済が活性化し、
地域で暮らす人が豊かになり、地域の自然と環境が生態系の豊かさと多様性を取り戻していくパン。
僕らは、地域通貨の発想を発展させ、「利潤」ではなく、「循環」と「発酵」に焦点を当てた、「腐る経済」に挑んでいるのだ。
コメント: 著者が実践している「腐る経済」は、国際貢献や海外事業においても応用できる考え方だろう。
現地の人や国全体と、日本人や日本、いずれかの側に利益が偏ることなく、誰もが幸せになるためには、
本書で示されている「循環」「発酵」などの発想やシステムが欠かせないのではないか。
若干大袈裟かもしれないが、この「腐る経済」は、資本主義、社会主義などを超えた、「持続可能な社会」を
めざす21世紀社会にフィットする、新たなイデオロギーになる可能性を秘めている。このようなユニークな「挑戦」が、
いろいろな「田舎」から飛び出してくるようになれば、世界はベストな方向に向かっていくのかもしれない。
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