7月19日の土曜日、名古屋から東へと「復刻弁当」なる昔懐かしい駅弁を食べながら東に向かい、平塚で前泊しました。泊まったビジネスホテルの隣がカレーのココイチだったので、なんだかカレーが食べくなってきましたが、ココイチは家の近くにもあるのでパス。夜の平塚の駅周辺の通りを歩いていると、「とんかつ」ののれんが目に付き、メニューにカツカレーがあ
りました。とんかつ屋のカツカレーならうまいに違いない。そう思った僕は、迷わずカツカレーを注文しました。もちろん、揚げたてのやわらかいとんか
つがトッピングされたカレーライスに、十分満足しました。
翌朝、どんよりとした曇り空の下、平塚駅からJR東海道本線でJR御殿場線の始発駅「国府津」(こうづ)に向かいました。東京からこの辺りまでの普通列車は、2階建てのグリーン車まであります。なにしろ、朝の普通列車ですから通勤電車のはずなのに、休日にもかかわらず車内はほぼ満員。グリーン車のようなゆったりとした車両も必要なのです。
国府津駅でホームを渡ると、目的の御殿場線です。9:42発の沼津行きに乗り、まずは
山北駅まで行くことにしました。車窓の風景はのどかな景色と住宅地が入り交じったごく普通の地方都市の風景ですが、ほとんど電車に乗らない僕にとっては電車の窓から見る普通の景色さえ新鮮に感じるのです。
山北駅は、よく桜の名所として紹介されます。線路に沿って立ち並ぶ桜並
木ということで、春になると桜と桜の間を電車が走り抜けるのです。もちろん、夏に訪れたのですから線路沿いの美しい風景は見られませんが、駅を出て少し歩いて線路を見ると、その風景を想像することはできました。線路を渡ると小さな公園があり、お年寄りたちがゲートボールを楽しんでいました。すぐ脇には御殿場線が東海道本線だった頃に走っていたSLが
保存展示されていました。この公園も、きっと桜の季節は大賑わいになるはずです。公園の隣には健康福祉センターがあり、3階は「さくらの湯」という日帰り温泉施設になっていました。
次に下車したのが駿河小山駅(するがおやまえき)です。
僕の心の中の小山町は「富士スピードウェイ」です。学生時代に何度も何度も当時のグラチャン・シリーズとF2レースを観に来たものでした。数年前は2
回にわたってF1レースも開催され、当然のように観戦しにきました。しかし、電車で小山町に来たのは初めてのこと。それに、小山町は「金太郎」で知られる坂田公時の生誕地でもあります。駅前の観光案内地図には金太郎がちょこんと乗っていました。駅の写真を撮っていると、富士スピードウェイに行く「富士霊園」行きのバスがやってきました。乗客は0。このバスも、人気のGTレース開催日には満員になるかもしれません。
駅から西へ休日でひっそりとした紡績工場の横の道を10分あまり歩いたところに町立の
健康福祉会館があり、そこに「ゆったり湯」という立ち寄り湯があることをネットで調べておいたので、行ってみることにしました。湿気の多い蒸し暑い日でしたから、午前中の温泉もいいものだと思ったのです。
1.5㎞ほど歩くと、健康福祉会館はありましたが、なぜかひっそりとしています。中に入ってみても、職員の方以外は人の気配がありません。出会った職員の方に、
「ここに『ゆったり湯』という温泉あると聞いたのですが。」
と話しかけると、
「2年前に無くなりました。紡績が栄えていた時はいっぱいお客さんが来てたけど、今はほとんど中国で作るようになって、駅の横の工場もほとんど人がいなくなって・・・。」
寂しそうに話す中年の職員は、これからの小山町の行く末を憂いているようでした。
僕が住む豊田も、自動車の生産がほとんど海外の工場ということになったら・・・、そんなことを思いながら、蒸し暑い1,5㎞の道のりを引き返しました。
さて、温泉には入りたい。でも、やっていない。「さくらの湯」のある川北駅に引き返そうか、それとも次の足柄駅まで行こうか。福祉会館の職員さんも、「足柄駅からちょっと遠いけど、あるにはあるよ」とおっしゃっていました。「ちょっと遠い」が気にはなりましたが、先に進むことにしました。
足柄駅は 駿河小山駅から1駅です。着いたのが12:06でした。お昼を食べて、温泉に
入って、これはいい旅になりそうだ。駅前の金太郎の像を観て、それから周辺の案内地図を見て、
「あしがら温泉までここから1.5㎞。しかも半分は遊歩道。ちょうどおなかがすいた頃に着くだろう。」
心の中でそうつぶいやいた僕は、地図をしっかりと頭の中にたたき込み、
あしがら温泉に向かって歩き始めました。
ところが、ところが、延々と続く上り坂。時には階段道路。歩いても歩いても続く坂道。何度「引き返そうか」と思ったことか。でも、そこで引き返したらこれまでの苦労(苦痛?)が水の泡となります。大袈裟ですが、体力の限界に挑戦するかのように上り続けること20分あまり。
1.5㎞を20分以上もかけてたどり着いた「あしがら温泉」です。気持ちいいのなんのっ
て、もう最高。天気がよければ美しい富士を眺めてお湯に浸かると
いうことになったはずなのですが、今は富士山が見えなくても十分満足です。
温泉の後は、お昼ご飯。温泉施設の中に食堂があり、僕は冷たいそばを注文しました。今の僕には、熱いのは無理なのです。大好きなちくわの天ぷらがあったので、それもトッピング。お茶の代わりにコーラ。これがまたいいのです。
あしがら温泉の前にあるのが県立小山高校でした。運動部らしい高校生たちが歩いて帰っていきます。この子たちは、毎日毎日、この坂道を往復しているのだと思うと、高校生の体力というのはすごいものだと感心してしまいます。
足柄駅に戻り、次に下車したのがすぐ隣の御殿場駅です。
今回のローカル線の旅をJR御殿場線と決めた大きな理由がここ御殿場に来ることだった
のです。山全体が信仰の地として世界遺産に登録された富士山を奉っている神社でお参りがしたかったのです。ここ御殿場は、富士吉田口と並ぶ代表的の登山口のあるところで、その入り口はどの登山口も「浅間神社」なのです。大学で4年生を担当している僕は、「みんなの夢が叶いますように」と、日
本一の神様にお願いしようと、ここを選んだのです。僕は研究者の端くれですが、神頼みとはおよそ研究者らしくない行動です。それでも、祈らずにはいられなかったのです。
駅前には富士の火山弾が展示されていました。駅の北側の「ぽっぽ広場」には蒸気機関車「D52」が保存されていました。そんな駅前の風景を眺め、浅間神社へと足を進めました。
狭い商店街を通り過ぎると、赤い鳥居が目に飛び込んできます。境内に入ってすぐのところにあったのが池のある小さな公園。澄んだ水が富士の伏流水と分かります。本殿を前に、
ちょっとだけ神妙な気持ちに切り替え、担当する学生たちの夢の実現を心からお祈りしました。と、そのとき、空からポツリポツリと雨粒が落ちてきたのです。天気予報では雨でしたから、よくもったものだと思いましたが、一抹のイヤな予感。いや、これは運がいいんだとイヤな予感を打ち消し、再度手を合
わせて浅間神社を後にしました。
次に下車した駅は富士岡駅です。富士山が美しく見えるということでつけられた駅名という気がして下車しました。雨は本降りになり、富士山どころではありません。下車してしまったのですから、次の列車の時間までの約40分間で、何かを見つけたいものだと思いました。地図を見ると1㎞ほど東に「海の見える四季の丘」がありました。しかし、雨脚は強くなってきて、「海の見える四季の丘」を
遠くから眺めるだけにしました。それでも、海は見えなくても富士の裾野に拡がる霞んだ風景も案外いいものでした。さすがに、どこかで雨宿りしたくなり、休日で閉まっているJAの玄関に腰を下ろし、缶コーヒーで一服。通りがかる人にじろじろ見られるのがなんだかとても恥ずかしく、体を縮めてコーヒー
を飲みました。
最後に下車したのが富士岡駅の隣の岩波駅です。駅近くを流れる黄瀬川の渓流が絶景とネットで知りました。雨の中、駅から5分ほど、水の流れる音の方に向かって歩くと、ちょうど橋の上からいい眺めの場所がありました。ごつごつした溶岩の間をかなりの急流でしぶきを上げながら水が流れていました。決して大きな川ではありませんが、とても迫力がありました。しかも岩が溶岩というとこ
ろに荒々しさが感じられ、この時ばかりは「下車してよかった」と思いました。ひっそりとした駅前商店街には「祝・世界文化遺産」のポスターが至る所に見られ、登録から1年が経った今も、地域の人たちの喜びは大きいものだと感
じました。
最後に乗った御殿場線の列車が終点の沼津駅に着くと、これで終わったという寂しさと、終着駅にたどり着いた満足感とが混ざり合った複雑な気持ちになります。お土産に沼津名物の「桜エビせんべい」を買い、東海道本線で三島駅に向かいました。
昨日の夜、三島に停まる「ひかり」の指定券を買っておいたのは大正解でした。三島は
通常は「こだま」しか停まらない駅です。各駅停車の「こだま」と名古屋まで2駅しか停まらない「ひかり」では、乗車時間が1時間くらい違うのです。これは前回の箱根登山電車の旅で得た教訓です。
車中で三島の駅弁「港あじ鮨」を食べながら帰ってきました。