ロシア革命後のソ連政府を逃れて移住したオリガとロンドンで知り合い結婚した呉服商の息子柳島竹治郎夫婦の気の強い奔放な娘菊乃、引っ込み思案の娘百合、あっけらかんとした軽めの息子桐之輔、菊乃と妻子ある元同僚岸部との娘望、菊乃と親が決めた許嫁豊彦との間の息子光一、娘陸子、豊彦と会社(竹治郎経営の貿易会社)の同僚麻美との息子卯月の3世代家族が、神谷町の坂の上にある古いお邸で繰り広げるあれこれをそれぞれの語りで綴る群像劇の形を取った小説。
章ごとに語り手が替わり、時代があちこちに飛んで、つぎはぎで建造物を建てるようなイメージで展開します。月刊誌の連載でこれを読む人は、さぞかし苦労しただろうなと思います。
3世代が、男は、女はという強い固定観念と、学校教育は大学だけ(男は東大、女はお茶の水大)でそれまでは学校には通わせず自宅で家庭教師の下で学ばせる、大学卒業後1年は海外遊学させるという信念を持つ竹治郎の元で、束ねられていた時代から、子世代の反発と台頭、竹治郎の死去に伴い竹治郎の方針が力を失い次第に求心力を失ってバラバラになっていく様子を、自由への意思と結束の時代へのノスタルジーの間で揺れさせながら描いています。
学校に通わずにいた小学生3人が学校に通うことになる様子を通じて学校の異様性を印象づける第1章(1982年秋)、引っ込み思案の百合の結婚を通じて男尊女卑意識の強い婚家の異常性を印象づける第6章(1963年冬)の印象が強烈で、ロシア系ハーフ、クォーターの目を通じて日本社会の異常性を際立たせる狙いかと思えますが、麻美の行きつけの寿司屋の職人の語りで柳島家の異常性を描写する第15章(1976年春)もあり、一つの家族を通じて、それぞれの様々な思いを語らせ、気に入った/気になる人物を通じて様々に受け止め味わえばいいという趣向になっているように思えます。優秀だったが大学へは行かず小説家になる陸子という、桐之輔や菊乃のような自由を謳歌するキャラでも、竹治郎や百合のような保守的なキャラでもないキャラに、おそらくは著者自身を重ね合わせた上で最初の章と最後の章を語らせていることも、著者のスタンスは中立ということを示唆しているように思えます。
タイトルの「ライスに塩を」は、お茶碗に入った白いごはんはそのままでおいしいと思うのだけれどお皿に盛られたごはんにはどういうわけか塩が欲しくなる、しかし子どもの時はお行儀が悪いとか塩分の取り過ぎになるということでさせてもらえなかった、大人になってよかった、自由万歳という意味(上巻333ページ)で、このタイトルは、家族のスキンシップ/愛(それを人前で堂々と表現できること)と自由への志向を示しています。もっとも、その家族愛も、自由の謳歌も、とんでもない金持ち故のものと見えてしまうのが残念ではありますが。

江國香織 集英社文庫 2014年1月25日発行(単行本は2010年10月、「SPUR」2005年3月号~2009年6月号連載)
章ごとに語り手が替わり、時代があちこちに飛んで、つぎはぎで建造物を建てるようなイメージで展開します。月刊誌の連載でこれを読む人は、さぞかし苦労しただろうなと思います。
3世代が、男は、女はという強い固定観念と、学校教育は大学だけ(男は東大、女はお茶の水大)でそれまでは学校には通わせず自宅で家庭教師の下で学ばせる、大学卒業後1年は海外遊学させるという信念を持つ竹治郎の元で、束ねられていた時代から、子世代の反発と台頭、竹治郎の死去に伴い竹治郎の方針が力を失い次第に求心力を失ってバラバラになっていく様子を、自由への意思と結束の時代へのノスタルジーの間で揺れさせながら描いています。
学校に通わずにいた小学生3人が学校に通うことになる様子を通じて学校の異様性を印象づける第1章(1982年秋)、引っ込み思案の百合の結婚を通じて男尊女卑意識の強い婚家の異常性を印象づける第6章(1963年冬)の印象が強烈で、ロシア系ハーフ、クォーターの目を通じて日本社会の異常性を際立たせる狙いかと思えますが、麻美の行きつけの寿司屋の職人の語りで柳島家の異常性を描写する第15章(1976年春)もあり、一つの家族を通じて、それぞれの様々な思いを語らせ、気に入った/気になる人物を通じて様々に受け止め味わえばいいという趣向になっているように思えます。優秀だったが大学へは行かず小説家になる陸子という、桐之輔や菊乃のような自由を謳歌するキャラでも、竹治郎や百合のような保守的なキャラでもないキャラに、おそらくは著者自身を重ね合わせた上で最初の章と最後の章を語らせていることも、著者のスタンスは中立ということを示唆しているように思えます。
タイトルの「ライスに塩を」は、お茶碗に入った白いごはんはそのままでおいしいと思うのだけれどお皿に盛られたごはんにはどういうわけか塩が欲しくなる、しかし子どもの時はお行儀が悪いとか塩分の取り過ぎになるということでさせてもらえなかった、大人になってよかった、自由万歳という意味(上巻333ページ)で、このタイトルは、家族のスキンシップ/愛(それを人前で堂々と表現できること)と自由への志向を示しています。もっとも、その家族愛も、自由の謳歌も、とんでもない金持ち故のものと見えてしまうのが残念ではありますが。

江國香織 集英社文庫 2014年1月25日発行(単行本は2010年10月、「SPUR」2005年3月号~2009年6月号連載)