伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

わたしのなかのあなた

2016-03-13 00:38:32 | 小説
 白血病の長女ケイトを救うために、ケイトに完全に適合するドナーとなれる胚を遺伝子工学的に作成したデザイナー・ベビーとして産まれ、出生時の臍帯血を始め、骨髄等を提供させられてきた妹アナが、母サラからケイトへの腎臓移植を求められ、これを拒否する訴訟を起こすというストーリーで、子どもの自己決定権、白血病患者とその家族の心情、家族愛等をテーマとする小説。
 結婚前弁護士だったが職業・キャリアよりも結婚生活を選んだサラ、自己決定権を得るために裁判を起こしながら何度も心が揺れるアナとアナに訪れる衝撃的でシニカルなラストといったところに、自立する女性を肯定・志向することへの作者の抵抗感が感じられます。
 サラがケイトを救おうという思い・考えでいっぱいいっぱいになり、ジェシーのこともアナのことも見えず、その気持ちを慮ることもできない様子、何かに付け勤務中の消防士の夫ブライアンを呼びつけ心理的に依存する様子など、サラの人間としてのキャパシティの狭さは、確かに同業者として、それで弁護士やってられる?と思わせられます。他方で、夫のブライアンがアナの気持ちを尊重しようとし、ジェシーにも寄り添おうとするところは、妻がアナやジェシーのことを顧みないことから人情的にもそうせざるを得ないところはあると思いますが、同様の立場に追い込まれながらブライアンに人間としての器量があることを感じさせます。こういう描き方は、もちろん、現実にそういうことはあるかとは思いますが、作者が自立する女性に対して否定的な考えを持っているためではないかという気がしてしまいます。
 両親に黙ってアイスホッケーを始め、ゴールキーパーとして才能を見いだされたアナが両親に経済的負担をかけずに奨学金を得て合宿に行こうとするのを、その間にケイトの病状が悪化するかも知れずその時にドナーとしてアナがそばにいる必要があるという理由でサラに拒否されるシーンは、アナの心情を思うと涙が出ます。他にもサラがアナのことなど目に入らない場面が散見されます。そういったアナの境遇をたどり、アナの人生を噛みしめながら読んだ挙げ句に、この結末は、納得できない思いが残ります。


原題:My Sister’s Keeper
ジョディ・ピコー 訳:川副智子
早川書房 2006年9月30日発行(原書は2004年)
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ソロモンの偽証 1~6

2016-03-06 20:50:11 | 小説
 クリスマスイブの深夜に中学校の屋上から転落死した同級生をめぐる事件の真相を解明すべく生徒たちが学校内裁判を始めるという設定のミステリー小説。
 文庫本で6巻組、3020ページに及ぶ大作です。
 学校内裁判という設定は、荒唐無稽で奇抜な発想に思えますが、エンターテインメントという観点からリーガル・サスペンスを書くのにはやりやすい枠組のように思えます。通常のリーガル・サスペンスでは、現実の裁判制度の手続的な制約から、裁判の対象が検察官の起訴状記載の公訴事実に限定され、証人調べの順序も検察側証人が全て終わってから弁護側証人に進み証人申請では不意打ち(小説でいえば予想外の展開)が許されないなどの窮屈さがあり、また警察の捜査を含めプロが調査しても当初は真相がわからず陥ったことになる「謎」の設定に説得力を持たせるハードルが高くなりがちです。素人による学校内裁判ということになれば、そこはかなり融通が利くことになります。もちろん、裁判で問題となる内容や真実に迫る過程の迫真性がなければ読み物として成り立ちませんが、そこがきちんと描ける限りは、ストーリー展開の自由度が格段に上がることになります。そういう設定を見いだしたこと自体、卓越した着眼と言えそうです。
 登場する人物のキャラクター設定の丁寧さ・巧みさは、宮部作品の特徴といってよいと思いますが、この作品では、心情的にはほとんど共感できない存在に見える三宅樹里や垣内美奈絵らも含めて、最終的には違った側面やその奇異に思える行動を引き起こす事情をも描写して、極端な悪人を残さず円満なホッとする読後感を持たせています。中学生たちが様々な局面で見せる心情や行動に、子を持つ親としてホロリとしたり胸がきゅんとすることが多く、リーガル・サスペンスという部分をおいて青春小説として読んでも、読ませる作品だと思います。
 頭の切れる優等生としての主人公藤野涼子の設定は、(映画では被告人となる不良学生大出俊次らの暴行を受ける三宅樹里らを見殺しにしたり自らも自殺を考えたりするようにいじられているのに対して)まっすぐです。作者自身が一番愛着を持って描いているということかなとも想像しますが、私は、映画のあえて陰影を付けた設定よりも原作の方が読んでいて入りやすく、様々な局面での決断、心情が心に響いたと思います。仕事がら、5巻、6巻の学校内裁判の法廷の場面には思い入れがありますが、特に被告人のアリバイ証言をした弁護士(今野努証人)の主尋問が終わり、検察側にとっては致命傷を負った場面で、守秘義務という奥の手もあり当然に十分な理論武装をしてきた法律のプロ・裁判のプロを相手に反対尋問をしなければならないという局面、弁護士の立場から見てもいやになるほど絶望的な場面(6巻134ページ)で、反対尋問に立つ検事役の藤野涼子の心情には沁みるもの、しびれるものがありました。法廷技術的にいえばたいした尋問はできておらず成果も上げられないのですが、この絶望的な局面、それまで積み上げた立証が瞬時に崩壊したところで、中学生が心を折られずに立ち上がること自体、私は感動を覚えました。
 6巻の終盤に書き下ろしの短編「負の方程式」がセットされており、20年後の藤野涼子が登場します。弁護士となって懲戒解雇された教師の代理人として事実調査をするのですが、35歳でまだ代表弁護士の「補佐」をしてるのか、理事を殴って懲戒解雇ということで、まぁ暴力行為には裁判所が厳しい目を向けるのは事実ではあり暴力の程度によりますけど、懲戒解雇無効の線を端から諦めてるのはどうかなど、私にはちょっと「ソロモンの偽証」の切れ者の藤野涼子にはそぐわない印象があります。ファンには読みたいお話かも知れませんが、藤野涼子の将来については勝手に想像する方が楽しいように思えました。


宮部みゆき 新潮文庫
1巻・2巻「第Ⅰ部 事件」 2014年9月1日発行(単行本は2012年8月)
3巻・4巻「第Ⅱ部 決意」 2014年10月1日発行(単行本は2012年9月)
5巻・6巻「第Ⅲ部 法廷」 2014年11月1日発行(単行本は2012年10月)
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森は知っている

2016-03-01 21:11:34 | 小説
 児童虐待等で親の元に返せない児童を施設で死んだことにして引き取り訓練して胸に爆弾を埋め込んだ産業スパイとして違法活動に従事させる秘密組織と、その組織に育てられた少年鷹野、柳、教育係の元記者風間の思い・煩悶を描いた小説。
 月刊誌の連載を単行本化したため、章ごとに登場人物の思いの温度差が感じられ、ぶつ切り感がありました。主人公の鷹野については、幼少時の児童虐待のために解離性同一性障害とされ、「激しい虐待のなかで生きるしかない子供は、その一瞬一瞬を生きるようになる」「まるで毎日別人と会っているような感じ」(176ページ)という設定なので、そういう違和感を感じさせるという技巧を凝らしているのかも知れませんが…。それにしても正義感の強い敏腕記者だった風間が、虐待を受けた子どもを引き取って育てることはよいとしてもその子どもが「存在しない」人物として組織を離れて生きてゆけないことにつけ込み一定年齢に達した後は胸に爆弾を埋め込んで物理的に支配して違法行為をさせるというような組織に加入した動機・心情は理解できません。このような組織が情報を売って利益を得るための民間事業者として存在し活動しているという設定の非現実感と合わせて、そのあたりが今ひとつ入り込めませんでした。
 昭和60年に鷹野と弟を虐待して弟を死なせ鷹野も瀕死状態にした母親に対して、大阪地裁が懲役30年の実刑を言い渡したとされています(77ページ)。ひたすら重罰化を志向する近年の改正で、現在は有期懲役の上限が20年、併合罪等による加重で最大30年まで可能になっていますが、2004年の刑法改正まで、有期懲役刑の上限は15年で併合罪や累犯の加重をしても最大20年でした。昭和の頃には懲役30年という判決は、日本ではあり得ませんでした。それくらいは、調べて欲しいなと思います。


吉田修一 幻冬舎 2015年4月25日発行
「ポンツーン」2013年12月号~2014年10月号連載
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