伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

ユートピア

2020-01-01 10:15:11 | 小説
 太平洋を望む美しい景観を持つ港町鼻崎町の新興住宅地「岬タウン」に移り住んだ陶芸家星川すみれ、商店街で昔から仏具店を営んでいた義父の後を継ぎ店番をして長らえている当地生まれの堂場菜々子、夫の転勤で鼻崎町に来て雑貨とリサイクルの店を経営している相葉光稀が、商店街の15年ぶりの祭りの実行委員となったことから出会い、すみれが、菜々子の娘で交通事故を機に歩けなくなって車椅子生活を続けている小学1年生の久美香と光稀の娘で久美香に優しく接する小学4年生の彩也子を、自分の作品を広めるためのシンボルとして車椅子利用者を支援するブランド「クララの翼」を立ち上げて、光稀の知人の雑誌に採り上げられて評判となるが、周囲の嫉妬を含む反応、ネット民の反応等から亀裂を生じ…という展開の小説。
 ミステリー仕立てではありますが、そこよりも、かなりあからさまに自分本位のすみれと、比較的常識的に振る舞いつつも自分の子どものことになると視野狭窄気味になる菜々子と光稀の思惑、すれ違いが読みどころです。すみれの自分勝手ぶりに呆れつつ、しかし菜々子や光稀も子どものことになるとかなりバイアスのかかった考えと行動を示す様子、さらには当事者の事情などお構いなしのネット民の反応やマスコミ報道が並べられるのを見て、自分も菜々子、光稀レベルには自分本位かも、いや、すみれが身勝手に見えるのは自分もネット民やマスコミのようにその人の事情が見えていないで無責任に論評しているからで、置かれた事情によっては自分もすみれのように考え行動するかも、と思えてくるところにこの作品の真骨頂がある気がします。


湊かなえ 集英社文庫 2018年6月30日発行(単行本は2015年10月、初出は「小説すばる」)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

屍人荘の殺人

2020-01-01 00:59:21 | 小説
 神紅大学ミステリ愛好会会長にして「神紅のホームズ」と呼ばれることもある明智恭介とその助手の葉村譲が、過去に数々の事件の謎を解き解決に導き、今回は映画研究部の友人から部室に「今年の生け贄は誰だ」と書かれた紙が置かれていたと相談を受けたという文学部2回生の剣崎比留子の申し出により映画研究部の合宿に参加し、バイオテロ事件とそのただ中で敢行された連続殺人事件に巻き込まれるミステリー。第27回鮎川哲也賞受賞をはじめ2017年から2018年にかけてミステリー関係の賞を総なめした作品。
 映画の方を先に見たのですが、映画では、バイオテロの犯人等には何ら触れず、舞台となる紫湛荘が2階建て(原作は3階建て)、宿泊者が学生だけではなくロックフェスティバルから避難してきた観客(言い換えれば知らない人)も含まれる、語り手である葉村が事実上の傍観者に徹している、剣崎と葉村の関係がどちらかといえば葉村の方が剣崎に好意を持っている、OBの立浪が剣崎にナンパの対象として関心を示している、脅迫状/怪文書の作成者が違う、明智と葉村の迷探偵ぶりのエピソードが創作されて揶揄されている、明智の再登場の時期が違うなど各所で設定が違っています。ストーリーや謎解きの根幹には影響しないものですが、人間関係の描写でけっこうニュアンスが違ってきます。
 私は、奇をてらっているという感じもしますが、第五章の一(192ページ)のような仕掛けがあって、この作品がより生きてくるというか味わいがあるように思えたので、映画でそこが削られて葉村の人物像がシンプル/淡泊になっているのは残念です。
 ミステリーの本筋ではないのですが、愛する人/近しい人が破滅的な結果に至る感染力の高い病気に感染してしまったときにどうするか/どう行動すべきかについて、葉村の苦悩を通じて考えさせられました。この作品では非現実的な設定ですが、同様のことは、かつては結核やハンセン氏病(実際には感染力は弱かったのですが)、比較的近年ではエイズやSARSで現実に発生し、現在でも例えばエボラ出血熱や鳥インフルエンザが身近で発症すれば直面させられることになります。そのとき、自分は、新藤のように行動する/できるのか、高木や静原のようにあるいは剣崎のように行動する/できるのか、それをどう評価するか、あるいは葉村のように懊悩するのか/悩まないのか…
 他方、バイオテロの説明は、極左ならテロをやる、理解不能なことをやるレベルのもので、左翼に対する偏見が露わですし、これくらいなら書かずに飛ばした方がよさそうです(映画ではそういう判断でパスしたのでしょうか)。


今村昌弘 東京創元社 2017年10月13日発行
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする