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Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

明日は雨の予報

2015年02月21日 23時43分09秒 | 天気と自然災害
 夕方に訪れた「古代エジプト ファラオと民の歴史-東海大学のエジプトコレクション」展のチラシ等をスキャナーでの画像処理をようやく終了。予定よりも時間がかかってしまった。
 本日中に記事をアップするつもりでいたが、残念ながらこれ以上は気力が続かないので明日の午前中に作り上げることにした。

 明日は15時前に出かける予定だが、雨が昼過ぎから夕方まで降る予報になっている。夕方からは風も強くなるらしい。気温は夕方から上昇するらしく夜の方が昼間よりも気温が6℃以上上がるとのこと。
 明日は16時から年末のN氏の葬儀に体を動かしてもらった仲間との慰労会を行う。少人数で和風の居酒屋であるからパーティー形式の集いよりはゆっくりできる。しかも全員気心の知れた人達である。気持ちよくのんびりと楽しい時間を過ごしたいものである。

2006年東博の「仏像-一木にこめられた祈り」展

2015年02月21日 23時25分25秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 先ほどのそごう美術館「円空・木喰」展の記事の中で、「東博の平成館で円空と木喰の両者が一堂に並ぶ大規模な展覧会を記憶している」と記載した。
 葦原の山姥様からのコメントで、「2006年秋~冬に開催された『仏像展』」との指摘を受けた。
 確かに図録をしまってある書棚を探して見たら「2006年10月~12月」までの会期で特別展「仏像-一木にこめられた祈り」が開催されていた。その時図録を購入していた。
 当時の展示構成は「第一章 檀像の世界」「第二章 一木彫の世紀」「第三章 鉈彫」「第四章 円空と木喰」となっている。かなり詳しい図録である。そして写真がとても美しい。学術的に見せる写真だけでなく、モノクロームの陰影の濃いい芸術的ともいえる写真が巻頭から16頁にわたって掲載されている。
 当時解説が難しくて途中で放棄した記憶がある。先ほどからパラパラめくってみて、先の「みちのくの仏像」展や本日の「円空・木喰」展と重なっている作品があった。
 これを機会にこの当時の図録をまた読みなおしてみたい。

そごう美術館「円空・木喰」展

2015年02月21日 21時34分39秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
   

 本日は欲張って二つの展覧会に出かけた。昨晩決めた横浜ユーラシア文化館で開催されている「古代エジプト ファラオと民の歴史-東海大学のエジプトコレクション」展、および朝になって急きょ決めたそごう美術館の「円空・木喰展-微笑みに込められた祈り」である。
 簡単な昼食後、二人で横浜駅まで歩きまずは「円空・木喰展」に出向いた。

 これだけの円空仏を見たのは、2013年1月に東京国立博物館で開催された「飛騨の円空展」依頼である。今月やはり東博で開催されている「みちのくの仏像展」で円空を見たが、わずか3体だけである。
木喰の仏像は「飛騨の円空展」以前に東博の平成館で円空と木喰の両者が一堂に並ぶ大規模な展覧会を記憶しているが、その時以来である。この展覧会がいつだったかは残念ながら覚えていない。

     

 円空仏としては今回展示されているものはどちらかというとかなり整った形をしたものである。後期のそれこそ粗い鉈目の抽象彫刻のような仏像は「千面菩薩」と「観音三十三応現身」のそれぞれ一部のほか数点だったと思う。しかしごく初期のかなり整った仏像から、いわゆる木端仏といわれるものまで全体像は見渡せると思われる。
 今回両面仏といわれる薬師如来と阿弥陀如来が裏表に彫られているものをはじめて見た。現世的な利益につながる薬師如来と来世の往生を願う阿弥陀如来という大きな二つの信仰を一体の仏像におさめるという離れ業は円空ならではかと思わせる。
 もうひとつは今回目についたのが、線刻の美しさである。衣紋を表す線の美しい流れが強く印象に残った。

   

 木喰仏は、円空仏よりはずっと整っていて、円空の見方によっては荒々しいエネルギーとは正反対の方角を向いているようである。人間の内側に向かう静かな祈りを感ずる。以前は円空仏の方に惹かれたように記憶しているが、今回の展示からは木喰仏の内側に向かう祈りに惹かれた。
 特にいくつかの千手観音菩薩の丁寧な作りと多くの黒光りする手垢のついた仏像に信仰の根底に届いているともいえる木喰の作品に感心した。
 見るときの精神状態や、年齢によってどちらかに傾いた惹かれた方をするものかもしれない。