Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

こんな花を見つけた

2021年04月28日 23時45分55秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

   

 本日いつも歩く道で、ジャーマンアイリスが咲いているのを見つけた。やはりずいぶん早いようだ。
 そしてアジサイも花芽を点けていたのに気が付いた。少しだけ色づいていた芽もあった。こちらもやはり少し早いと思った。
 こんなに早く花々が咲いているのは、春先の気温が高かったことだけが原因なのだろうか。ふとそんな疑問も湧いてきた。
 しばらくは花の開花状況を注視していきたい。

 


進化から取り残された‥

2021年04月28日 20時25分03秒 | 思いつき・エッセイ・・・

 本日の喫茶店で、私のあとから入ってきた二人の高齢男性の会話から。多分二人とも75歳を優に超えていると思われる。二つほど隔てた席に坐ったが、大きな声が聞こえてきた。
 いわく「二正面作戦がはっきりした。これに勝ってこそ日本の真価が発揮される。日本は二正面作戦は得意。日露戦争だって、ロシア相手に陸軍が互角で対峙しているうちに、日本海海戦で勝利して勝った。一方で惹きつけて対峙しているうちに電撃的に一方で勝利する。これが全面勝利に導く。太平洋戦争だって、ロシアが参戦して三正面になったから負けた。我々の会社も今の社長が思い切って、二正面作戦で販売戦略をたてるよう若いものにはっぱを掛けないと、先細りだ」と息まいていた。
 こんな年寄りが今の経営者に影響力がある会社は、多分もうダメな会社だとあきれていたら、突然もう一人が、「政府も弱腰だ。コロナとオリンピックとの二正面作戦こそ、日本を強くする好機だと、どうして国民に訴えないのか」と一段と声が大きくなって、思わずそちらを見てしまった。他の客も驚いたらしく、みんなの注目を集めた老人二人。
 いやはや、恐ろしい人たちである。二正面作戦、古来、これを選択したらどんな英雄も敗北した歴史がある。外交努力で二正面を回避するのが、上策なのだ。二正面作戦に持ち込まざるをえなかったらそれは敗北なのである。
 近年ではナポレオンのイベリア半島と対ロシア作戦、ヒトラーの対英仏と対ロシア、日本の対中国と対米戦争。歴史の学ばない人たちである。
 しかしこういうわけのわからない主張が、こういう人たちは好きなのだろう。私は十代後半以降50数年、そんな話をしたこともない。どういう精神構造なのか、とても信じられなかった。店にいる人にわざと聞こえるように大声を出しているようにも思えた。
 私はあまりに不愉快なので、早々に席を立って店を出た。

 COVID-19とオリンピックの二正面作戦をやっているから、どっちも外堀が埋まって達成できないのが、今の日本の状況である。外堀が埋まっていることを自覚できない政府と組織委員会がふんぞり返っている限り、日本という国は、感染症での犠牲者は増え続け、死者もどんどん増えるのである。精神論でスポーツに勝つという、世界に通用しないガラパゴス的スポーツ理論が横行する日本である。
 こんな日本になったのは、ここ10年ほどのような気もする一方、私が生まれてからこの間、日本は何も学んでこなかったのか、という思いもする。嫌な時代に生きている気がする。

 だが、一方で一見リベラルな顔をしている人々にも二正面作戦に引きづられている勢力がある。それ以上は差し控えるが、権威と歴史と「正当」にすがる人々ほど、「自分たちだけが正しい、自分ら以外のグループは敵」という錯覚に陥りやすい、とだけ記しておこう。

 


お断り「目的のためにすべてを‥」

2021年04月28日 14時20分31秒 | 思いつき・エッセイ・・・

 今朝は9時半過ぎまで寝てしまった。7時ころいったん目が覚めたものの再び2時間以上寝てしまった。あまり気持ちよさそうに寝ていたので、起こすのがかわいそうだったと言われてしまった。そんなに疲れていたとは思わなかった。

 午前中は出来上がったニュースの原稿の指摘箇所を訂正。朝一番で指摘のメールが届いていた。やはり他の人の目を通すといくつも出てくる。私の勘違いで書いた文章もあった。
 問題は、訂正をしたら字数か増えてしまったために少し割付を変えなくてはいけなくなったこと。こういう失敗が一番つらい。そのほか、一晩経ってから気が付いた不備を三点ほど自分で見つけた。
 A4の表裏だけだが、不備はたくさん出てくる。

 午前中の作業は終了。これより出かけよう思うが、陽射しはあるものの、風がかなり強い。

 さて、緊急事態宣言が3たび出た。都内の美術館のチケットが仕えない。何しろ多摩川を越えてはいけない、ということになってしまった。しかも灯火管制もするという。
 が、これまで医療現場や福祉現場の予算や人員体制を「採算」を前面にたてて削減しておいた失策の反省もなく、またその復元の手立ても不十分なまま、国民に「耐乏生活」を強いる政治にウンザリである。
 集団感染の「経路不明」の大半はあの「蜜」の見本である通勤・通学の電車・パスであることは容易に察しが付く。これまでそれを止める手立ての模索もしないできて、今頃になって都県境をまたぐなというのもいい加減なものである。リモートワーク・時差出勤・通勤時間の短い職場への分散化などの具体的な展開も示してこなかった。
 日本の企業の多くはすでに自律的に変化に対応できずに、国家の指導待ちといわれて久しいそうである。働く人を大切にして来なかったツケでもある。
 しかも、感染者対応で医療現場が崩壊に近く切迫しているなかで、ワクチン接種がようやくはじまり、早くて7月から8月が医療関係の人手の需要のピークになろうとしている。そんな時に「7月末からのオリンピック・パラリンピックのために医師と看護師を800人確保」などというたわごとが、「組織委員会」からの「要請」としてあったとのこと。「オリ・バラ」といえばすべてが許されてしまうという実績を作ってしまっている。
 国会の予算執行のチェックを超越して平然としている。予算も企画も、すべてがブラックボックスの中にしまわれてしまった。競争入札を経ない単独委託、丸投げ委託、人件費などのチェック、中抜きなどのチェックをしようともしない政府。これでは無駄遣いが横行するだけである。
 「聖火リレー」を見ても、自治体は「組織委」の言いなりである。
 誰が考えても不可能・不思議がまかり通る日本である。80年近くの昔に埋葬したはずの「強権」が再びよみがえっている。亡霊ではなく、実害のある魔物として。人を消耗品とした日露戦争以来の戦争国家、強権国家日本が復活している。為政者はとんでもない勘違いしているとしか思えない。
 「国威発揚」のために「すべてが優先する」国家は、病んでいる。不健康そのものである。「目的のためにはすべてを犠牲に‥」、そんなことはお断りしたい。