昼前に親の付き添いで近くの病院に出向いた。昨日とは違って風もなく穏やかな日和。とても暖かい。帰りは着ていった上着を脱いで歩いた。
★花の昼動く歩道を大股に 佐々木峻
なかなか面白い句だと思う。川柳的な要素もある。
花見でごった返している桜の並木を遠望できる「動く歩道」、その動く歩道からも桜を見ようと多くの人が桜の見える方向を見ている。そこの人混みを縫うように足早にすり抜けていくサラリーマン諸氏。年度末か年度初め、仕事は慌ただしい。
花に目を奪われている人間からすると、何と無粋で、しかも危ない歩き方に見えるのであろう。もう少し心のゆとりを持てよ、などといってしまいたくなる。しかしそういう人も明日になれば、人混みをかき分けて仕事の時間に合わせて走り回る羽目になるのだ。
ここで詠まれている「大股の人」にとっては忠告を受ければ受けるほどに、イライラして「それどころではないわい」と余計にストレスをためてしまう。電子メールが飛び交い、テレワークが増えようとも、人びとの動きは際限なく複雑に早くなる。どこかでこの人のようにコマネズミのように動かなければ、仕事は完結しない仕組みになっている。この人ほどの被害者はいないのである。
こんな言い方もある。「急ぐときほどゆっくり歩く」これが「成功」するサラリーマンなのだそうである。だがこのゆっくり歩く人も、この大股で急ぐ人がいなければ「ゆっくり歩く」ことができないということを忘れては、人の上には立てない。
この作者は「桜嫌い天皇嫌いで御所抜ける」という句も作っているという。なかなかに忙しい人なのだろうか。
何とも忙しい世の中になったものであることか。いやいや江戸の昔から忙しい人はいたのだろう。いつもかわらぬ世の中である。