Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

充実した一日

2014年12月25日 20時46分25秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 久しぶりに自分たちの時間で一日を過ごすことが出来た。午前中は先ほどアップした通り鳥籠の掃除、午後からは大森駅まで昼食と買い物に出かけた。
 正月の二日は、例年のように親族6人での新年会を大森駅の傍で開催する。一昨年までは叔母の家で開催していたが、昨年から手間をかけずに近くの料理店で開催することにした。昨年はやはり大森駅傍の鹿児島料理の店であった。今年は中華料理となった。本日は下見と味見を兼ねて2人でランチを食べた。500円と650円のランチと、いたって安いが、室内のあつらえは立派で個室がいくつもある。清潔感も十分ある。
 帰りにはスーパーで買い物、私は荷物運びに専念。
 これから年末まで特に大きなイベントは無いのが嬉しい。明日も特に予定ははいっていない。27日(土)は大学の同窓生との忘年会。44年来の友人との会食は実に楽しみである。還暦を超えても、心をすっかり開いて対話が出来る友人を作ることが出来たのは、仙台における学生時代の私の最大の収穫であったと思う。

 先ほど天気予報を小耳にはさんだら横浜では本日初雪が観測されたとのことである。昼過ぎに出かけたが、駅の傍で降り始めた。しかしすぐにやむようなことを言っていた。横浜に戻ってきたら出掛けよりも道路が濡れていたので、夕方にかけて再度雨が降ったのかと思っていた。夕方には雪がばらついていたのかもしれない。
 雪が降っても不思議ではないくらいに寒かった。顔に風がとても冷たかった。

鳥籠の掃除

2014年12月25日 11時46分06秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 朝はは8時過ぎまで寝ていた。葬儀で行けなかったが、講座は昨日まで行われていた。今日からは正月2日までは冬休みのようなもの。だが、3日(土)に年明け最初の講座がある。
 本日の午前中は鳥籠の掃除をした。鳥籠は下に敷く新聞紙を毎日取り換え、下の簀の子の糞は紙できれいにしているが、半年もするとこびりついた糞が取れなくなる。本当は年に4回は籠を解体して石鹸とたわしを使って綺麗にしたいのだが、今年は春以来サボってしまった。たわしでこすっても古い歯ブラシを使ってもなかなか糞のあとが落ちない。90分ほどしゃがんだまま風呂場で苦闘した。かなりきれいにすることが出来た。
 二羽で二つの籠であるが、材質や隅の処理の仕方に違いがあり、洗いがってに差がある。値段の安い方が洗いやすい部分もあるし、その反対もある。総じていえば若干でも高かった方が掃除はしやすいといえるかもしれない。
 飼っているセキセイインコ二羽の内、人にまったくなつかず、籠から外には決して出ようとしないオスは、籠から出されて右往左往した。満足に飛べない。飛んでも短距離を真っ直ぐにしか飛べずに頭から壁にぶつかって下に落ちてしまう。あわてて捕まえに行くことを何回もした。最後は餌箱の上に乗り、草臥れたようですっかりおとなしくなり、じっとしている。人に慣れて、私たちを怖がらないメスの方は、いつものとおり喜んで部屋中を飛び回り、人の頭の上に止まり、最後はお気に入りの部屋の隅で園芸用の皿や器に頭を突っ込んでアクロバットの練習に余念がない。この二羽の極端な性格の違いには見ているほうも唖然とする。

 天日干ししていた籠もそろそろ乾いたので、二羽とも籠に戻し落ち着かせないといけないようだ。

<追記>
 臆病で人に慣れないオスだが、籠に入れようとしたら逃げまわり、飛び疲れて妻のセーターに予定外に止まってしまった。暖かくて安堵したようで初めて人の服に30分ほどとどまって毛づくろいまで始めた。メスもやきもちを焼くように寄ってきた。これを機に少しでも人になついてくれるといいのだが‥。
 頭の黄色のセキセイインコがオス、間もなく4才。頭の白いのがメス、間もなく3才。
   

葬儀終了

2014年12月24日 21時22分37秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 クリスマス・イヴの本日、告別式・四九日法要・火葬と無事に終わった。告別式は10時からであったが結局1日かかった。つい先ほど帰宅したが、体力を使わないもののだいぶ草臥れた。やむなく本日の夕食は蕎麦屋で食べてきた。むろん生ビール1杯と日本酒1合を添えて。
 この蕎麦店は時折(といっても年に数回だが‥)訪れる美味しい店である。いつも席は満席に近く人が入っているが、本日はほとんど私たち二人で独占状態であった。原因はなんだろうと二人で話していて気がついたのが、本日はクリスマス・イヴということ。世の人々は本日外食をするとすれば、洋食系統の店か、あるいは家での家族団欒なのか、という結論。それならば人が少なくともやむを得ないのかもしれない。蕎麦店にしてみればクリスマス・イブは厄日なのかもしれない。

 運動不足なので明日は少々ウォーキングで体をほぐしたいものである。昨日に続いて本日は早目の就寝としたい。

明日は早起き

2014年12月23日 23時43分58秒 | 読書
 本日は春日部まで葬儀で出向いたが、とても寒く感じた。横浜では最低気温がマイナスになってはいない。しかし本日の埼玉県の南部の最低気温はマイナスの表示になっている。最低気温では約6℃ほど横浜は低い。この差は大きい。
 最寄駅から葬儀場まで20分近く歩いた。風はないが、頬が冷たく感じた。湿気も横浜より低いと直感した。そして先ほど23時近くになって帰宅したが、今度は少し暖かく感じた。

 明日は告別式にでるため、朝7時に家を出なくてはならない。退職以来こんなに早く起きたのは、山に行った時と、海外旅行で成田に出向いた時だけである。最近は朝8時に起きてくる生活である。6時前に果たしてちゃんと起きることが出来るであろうか。

 長い時間電車に乗るので、本日の電車に乗る前に「学校で教えてくれない音楽」(大友良英、岩波新書)を購入した。しかしどういうわけか電車の中では大きなあくびばかりが出る体調。結局乗車時間のほとんどを寝て過ごした。46ページほどしか読めなかった。

「椿落ちてきのふの雨をこぼしけり」蕪村

2014年12月23日 11時40分40秒 | 俳句・短歌・詩等関連
今の季節ではないが、

★椿落ちてきのふの雨をこぼしけり   与謝蕪村
 椿の花の落ちる様はいろいろに表現される。落ちても花の形を保っているので、花の命が終焉を迎えていないような錯覚ももたらす。落花ということで新たな生命の兆しを見ようとする逆説もある。あるいは落花と同時に花の光の輝きの消失を見る表現もある。
 いづれも実際の椿の落花の様から生命の根源へ遡ろうという、心の一瞬の飛躍に成立する表現である。この飛躍に共感する読者がいるとさらに広い世界が現れる。俳句の魅力のひとつである。
 この句、落椿、きのふ、雨、こぼす、という4つの要素からなる。私は「きのふ」がポイントのような気がした。今朝、ゆうべ、昨夜、今日、降っている、ではなく「きのふ」の雨であると断定しなくてはいけないのは何か。
 昨日から椿全体に滴として蓄えられていた雨は、それなりに強く降ったのであろう。日が変わって朝日にあたって滴が輝いているのであろう。日が当たらず曇空なら雨に着目することはあまりないと思われる。しかし椿の花の落ちる地面は椿の密生した葉にさえぎられて日は届いていない。赤が春まだ浅い黒い土の上に妖艶である。「きのふ」には本日の日の当たる椿の木を連想させるキーワードに思える。
 そして椿の花の量感が「こぼしけり」に伝わる。私はこれは実景とは思えない。雨が降った日の翌日、雨の滴が椿の木に宿っているさまと、椿の花が落ちているさまを結びつけた句だとおもう。
 しかし滴の冷たさが鮮烈でもある。

落椿の句では、他に
★赤い椿白い椿と落ちにけり   河東碧梧桐
★椿落ちて色うしなひぬたちどころ   芝不器男
★落椿とはとつぜんに華やげる   稲畑汀子
★椿落つおろかにものを想ふとき   稲垣きくの
★落椿われならば急流へ落つ   鷹羽狩行
★一つひとつ雪を窪めて落椿   石垣青葙子
★落椿そこにわが句を追ひつめぬ   加藤楸邨
がある。
 鷹羽狩行の「落椿われならば急流へ落つ」をネットで検索して初めて知った。蕪村の句の次にいいと思った。

朔旦冬至(さくたんとうじ)

2014年12月22日 21時20分41秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 冬至とは1年で一番昼間の短い日で、今年は本日12月22日が冬至。今年の冬至は「朔旦冬至(さくたんとうじ)」という新月と冬至が重なる特別な冬至で19年に一度の減少。
 冬至は1年でもっとも弱まった太陽が復活を開始する日とも言われてきた。新月も月が再び満月に向かって太っていく最初の日でもある。太陽と月の復活の日が重なる朔旦冬至はおめでたいとされ、洋の東西を問わず古来大きな節目として祝われてきた。
 冬至は1日の長さがもっとも短い日であるが、日の出がもっとも遅いのは冬至の半月ほど後になり、日の入りがもっとも早いのは冬至の半月ほど前になる。
 さらに冬が寒いのは、太陽との距離ではなく、太陽と地面が成す角度が小さいからで、楕円の公転軌道上で云えば太陽と地球の距離が遠いからではない。逆に太陽と地球の距離が一番近い「近日点」通過は1月上旬である。
 太陽と地面が成す角度が小さいので、地表では太陽から受けるエネルギーが小さくなり、気温も上がらない。これは確か中学1年の時に習ったと思う。

 本日は日本の習慣では柚子湯ということになるが、以前に貰った柚子で何回も柚子湯につかったので、今晩は柚子を買ってこなかったとのこと。残念である。

 明日・明後日と親族の葬儀で遠出となる。葬儀場の傍でビジネスホテルでも予約しようとも思ったが、妻は自宅で就寝したいと云うことなので通うことにした。

<追記>柚子が冷蔵庫の片隅から出てきた。もらった柚子がひとつのこっていた。悪くなっていない。ウォッカを一口グラスに注いで、果汁を少々入れた。その残りをお風呂に浮かべることにした。

スマホの歩数計

2014年12月22日 07時37分12秒 | 山行・旅行・散策
 昨日は、15時30分から2時間40分かけて、約2万歩のウォーキング。多分13キロを越える距離だと思われる。自宅から環状2号線を経由して新横浜駅近くの横浜労災病院までを往復した。
 新横浜駅近くからは鶴見川の土手沿いになり景色が開ける。春から秋にかけては桜並木が美しい。冬も葉をすっかり落とした桜並木が寒々しいが、冬芽が寒風の中で揺れている様はなかなかいいものである。
 もう少し早い時間に歩き始めた方が夕焼けが美しいのだが、グズグズしているうちに家を出るのが遅くなってしまった。
 さすがに日が落ちてからは寒いのだが、帰路はかなり早く歩いたので汗をたくさんかいた。スピードを落とすと寒いのでゆっくり歩くわけにもいかなかった。ジョギングの人が随分たくさんいた。私も少しは走りたかったが、無理はしなかった。

 スマホの歩数計はようやく安定して動くものをインストールできた。いろいろ試してみたが、多くのものが途中でカウントしなくなったり、正しい歩数を示さなかったりした。本日も自分でも500歩のカウントを5回行い、歩数計と照合した。5回ともほとんど違いがでなかった。
 ただしこの無料の歩数計は時間単位の歩数が表示されない。グラフ表示にすれば概算はつかめるが、小さくて見にくい。1時間あたりの歩数は時計を見ながら自分で計算しなくてはいけないのが難点である。
 インストールしてすぐは時々カウントがとまることがあったが、1週間過ぎた頃から安定したように思う。その間にバージョンアップも数回あった。
 アプリによっては細かな表示が出来て気に入ったものがあったが、電池を異常に消耗したり、一服してから歩きはじめるとカウントが止まったままのものもあった。機種により不具合がでることも想定される。当面はこのアプリを使用し続けることにした。

「ホドラー展」の感想 その1

2014年12月21日 22時33分18秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
         

 ホドラー展、まず初期の習作時代の風景画を除いて、次第に独自の画風が確立していく過程に描かれた風景画と、人物像が持つ濃厚な孤独感と死への道行きへの画家の親和性、というものが印象に残った。

        

 この傾向は過渡期の作品である1895年の「オイリュトミー」まで続く。風景に添えられた人間にも、人物像にも、死と孤独がテーマのように繰り返し現れる。人物の描かれていない風景画にも孤独の影が濃厚だ。メインに描かれる樹木は社会の中で寂しく孤独に屹立する画家の意識が反映しているように感じた。
 なお初期の風景画ではここに掲げた「レマン湖畔の柳」(1882年)は私のお気に入りである。



 画家の出自に関係する指向と言ってしまうことが妥当なのか判然とはしないが、死を常に見続けてきた体験を想定してしまう。
 しかし20世紀を迎える直前になると、画風は生命感が突如として希薄になる。生命観の希薄な人物が並列して並ぶようになる。今回の展示のテーマとしてリズムという切り口が語られている。確かにパラレルな関係が目につく。私はパラレルというと、2本の直線がどこまで伸びても交わることが無いという定義にしばられてしまうのだが、ここでいうパラレルというのは、並行な数本の線の持つリズムという意味で語られている。
 まったく同じ要素であるならばそれは単純な拍子であるが、リズムというかメロディーラインのように変化していく。その変化は機械的ではなく、作者のもつ体内のリズムに沿った不定形な変化である。機械的な反復は美とは隔たりが大きい。ホドラーという生身の人間の体内のリズムが反映している。



 「オイリュトミー」では5人の男の死への行進に見える。しかしこの死への親和性が1900年の「昼Ⅲ」という女性を描いた作品からは消失する。同時に人物が本来持つ生命観というものも消失する。
 生命体としての人物から動きが排除された人間の一瞬の姿態、それも存在しえない不思議なポーズで描かれる。私はこの人物のポーズに違和感を持つと同時にリズミカルな並列には不思議な親近感を持つ。画家の狙いはどこにあるのか、いろいろ考えてもそれは思い浮かばない。装飾的なデザインとしての反復とは違う親近感があるのが不思議である。



 1905年作の「感情Ⅲ」は確かに魅力的である。リズムを感じるとともに4人の女性の違いが目につく。また背景の赤い点は芥子の花らしいが、それは何の暗喩なのか、知りたいという思いが湧いてくる。この絵は人間のポーズにはあまり無理はなく、動きも自然である。背景の赤い芥子の花と緑、そして人物の青い服と肌の色合いという色の配置もよく計算されていると思う。これも気に入った作品のひとつである。



 若い一対の男女を描いたと思われる1907年の「春Ⅲ」は人間のポーズはそれこそ摩訶不思議である。かなり無理をしないとこのような体勢で静止することは無理である。
 女は何かを受け入れるような動的なポーズである。男は何かを思考していて静的である。この絵はさらに生命観が希薄である。ぎくしゃくとした関係にも見えるし、まったくの無関係にも見える。若い男女のどこかで根底的にすれ違うことへの諦念を表現しているようにも思える。しかし表題は「春」である。
 人間関係への不信感が根底に横たわっていると思うのは私だけの感想だろうか。

寒椿

2014年12月21日 10時52分14秒 | 俳句・短歌・詩等関連
 先ほどテレビを見ていたら「カンツバキ」というのは「サザンカ」の品種の名称だということを言っていた。私は歳時記でしか「カンツバキ」というものの定義を知らなかったこともあり、冬の内から咲き始める椿のことを指すと思い込んでいた。
 慌てて「サザンカ」について調べてみたら確かにそのような品種があることが分かった。しかし「寒椿」で検索するとツバキとサザンカの「交雑種」であるとしてでツバキに分類している説明もある。これは生物学的な整理も必要かと思われる。
 落花の仕方、花芽の着き方などツバキかサザンカかで花の印象も違ってくるし、ひょっとしたらこのような説明の混乱によって誤解に基づく表現が流通しているのかもしれない。

★寒椿落ちたるほかに塵もなし   篠田悌二郎
 この「落ちたる」様子は私はツバキのように花ひとつひとつが落ちている様を思い浮かべていたが、違うのかもしれない。「塵もなし」というところで、サザンカのように花弁が広く散っている様子では句は成立しない。黒土の上に花ひとつが上向きに地面に直接咲いたように落ちていないとつまらないとおもう。
★くれなゐといふ重さあり寒椿   鍵和田釉子
 この句も花弁が散っているのでは成り立たない。
★齢にも艶といふもの寒椿   後藤比奈夫
★告白は火種に似たり寒椿   小澤克己
★寒椿砕けて藍にかへる涛   水沢水音



重なる時は重なる

2014年12月20日 21時22分38秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日は、午前から午後にかけて退職者会の集まりが急きょ行われた。そちらに参加した後、夕方にはN氏の部屋からガスレンジを撤去するために再度N氏のアパートを訪れる予定であった。その間に水道・電気・ガスの解約手続きを行い、最後に不動産屋に鍵を返しに行く予定であった。
ところが退職者会の打合せ中に突然電話が入り、親族の方が無くなった旨が伝えられた。N氏宅の件はすでに友人もそちらに向かっているとのことなので、キャンセルは出来ず17時までかかって予定通りのことは済ませた。
 親族の葬儀については手伝いは必要はなさそうだが、来週の始めにかけて通夜・告別式・火葬場へは出向かなければならない。横浜からは最寄り駅まで片道1時間30分ほどはかかる。家を出てから斎場までは2時間30分近くかかる。
 亡くなった親族は65歳と若い。心筋梗塞ということである。
 私と歳は近いので大変驚いている。

 実は昨日妻が年賀ハガキを購入したばかりである。まだデザインも考えておらず、印刷・投函にまで至っていなかった。この時期に欠礼ハガキは無理なので、失礼するしかない。年明けに寒中見舞いのハガキを出してお詫びする形を取らざるを得なくなった。

 昨日ホドラー展の感想を作り始めると宣言したが、このような状況になるとさらに思考が進まなくなる。しばらくまたお預けとするしかない。

「日本の岐路と日本国憲法の重み」(世界平和アピール七人委員会)

2014年12月20日 10時18分20秒 | 読書
 掲載を忘れてしまっていた。時期が遅くなってしまった。委員の小沼通二氏は神奈川大学の連続講座「アジアの視点」の講師を毎回されていて、「その6」の6回講座のでも1回講演された。
 9月に作家の高村薫さんが新たに委員となっている。


【日本の岐路と日本国憲法の重み】
2014年12月5日
世界平和アピール七人委員会
武者小路公秀 土山秀夫 大石芳野 小沼通二 池内了 池辺晋一郎 村薫

 今年の日本は、安倍政権が、集団的自衛権の行使容認、特定秘密保護法、原発再稼働への動きなど国民の批判が強い問題につき、説明を尽くして国民の支持を得ようとするのでなく、強権的に既成事実作りに走り続けるという、前例のない年であった。しかも政府与党は、年末の衆議院選挙によって、小選挙区制の下での多数の野党の存在という状況の中で、相対多数を占めることができればすべての政策に白紙委任状を手に入れたとすり替えて新年を迎えることが予想される。

 ひるがえって日本国憲法を見れば、前文の最初の文章は、「日本国民は、・・・主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」となっている。第11条は、「この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。」とされ、第99条に、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。」と書かれている。
 これは、この憲法が施行される前の大日本帝国憲法が、明治天皇(朕)によって現在及び将来の臣民に対し「不磨ノ大典」として宣布され、「現在及将来ノ臣民ハ此ノ憲法ニ対シ永遠ニ従順ノ義務ヲ負フヘシ」と書かれていることと全く逆である。
 ここで自由民主党の日本国憲法改正草案(2012年4月27日)を見ると、最初の文章が「日本国は・・・」から始まり、「国民主権」と言いながら、「国は・・・」を繰り返し、「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」(第102条)としている。これは、世界の民主主義国家の憲法と違い「国」が国民に与える憲法の草案になっており、大日本帝国憲法の復活を画していると言えよう。

 安倍首相が、最高責任者の自分が日本の理想や国の在り方、未来への針路を決めると高言して、国会を軽視し、選挙期間を除き国民を無視するのは、国務大臣として、国会議員として、尊重し擁護しなければならない現行の日本国憲法に明らかに違反している。

 日本は、現在重大な岐路に立っている。日本国憲法の前文と第9条を素直に読めば、日本が向かうべき道は安倍政権と与党が進もうとしている道でなく、全世界の諸国と友好関係を維持する非武装永世中立国だということになる。抵抗があり、回り道があってもこれは国連の基本精神とも合致する方向である。世界中の人々が戦争の惨禍を避け安心して安全に生きていくために、実現を目指して共に一歩一歩進むべき道であると確信する。

http://worldpeace7.jp/?page_id=384

「ホドラー展」の感想にようやく着手

2014年12月19日 23時40分40秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 ようやくホドラー展の図録から惹かれた作品や気になった作品のスキャンを始めている。今晩中には作業を終了したい。ただなかなか言葉にならないのも確かだ。
 風景画や肖像画に対する親近感と同時に、後期の身体表現への違和感、死への親和性から生命観への転換の契機への謎‥などが私の頭に次から次へと湧いてくる。そういった意味では刺激的な画家なのだが、同時に見ていてこちらの気分がどこか落ち着かない、あるいは何かに駆り立てられる気分でもある。

 うまくまとめられるであろうか。

「ホイッスラー展」(横浜美術館)

2014年12月19日 20時19分23秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
   

 本日みなとみらいでの講座が15時で終了したのち、横浜美術館でホイッスラー展の会場を訪れた。
 私の次の予定があるので、30分ほどで会場を一周しただけであった。出展目録やチラシ2種、ジュニアガイドを持ち帰った。本日は購入しなかったが図録(2300円)やポストカードなどの状況もとりあえず頭に入れてきた。
 全部で133点以上の作品展示は見ごたえがある。小さな版画作品などもじっくり見ると楽しみなものも多いようだ。
 また参考作品として広重の版画など14点も展示されていて興味深い。
 会場は人物画、風景画、ジャポニズム、などの3章に分かれている。ノクターンのシリーズなど私がこれまで見て気に入っていた作品群以外にも版画は見逃せないと感じた。
 会場はまだ十分に空いている。12月29日~1月2日が休みだが、これ以外の年末年始が落ち着いて鑑賞できるチャンスではないかと、狙っている。
 12月6日の記念講演会に参加できなかったのが悔やまれている。1月17日の記念講演会に挑戦してみることにした。

 その前にホドラー展の感想をまとめなければならないが、なかなか時間が取れない。

本日の癌検診

2014年12月19日 19時37分36秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 最近のバリウムは随分と楽になった。私が20代や30代の頃より量が圧倒的になくなくなっている。口当たりも改善された。下剤が良くなったのかバリウムの質のためか、体外に排泄されるのもスピーディーになったと思う。

 10時すぎに最後の検査としてバリウムを飲んでから会計を済ませ、病院の食堂で暖かい蕎麦(とろろ昆布蕎麦‥これが美味しい!)を食べてからすぐに第1回目の排便が出た。それから一時間毎に2回。随分スムーズである。ただし全部排出されたわけではなさそうなので、昨日に引き続き本日もアルコールは飲んでいない。

 私が20代でまだ飲むバリウムの量も多かった頃、その日のうちにビールを飲んだらバリウムが固まって翌日に大変苦しい思いをしたことがある。七転八倒した挙句、浣腸までされたあの苦しみはもうごめんである。
 本日は昨日と違って触診・視診ではなく、血液採取、エックス線、エコー診断なので結果はまだわからない。来月の中旬までお預けである。

 費用は昨年度とは違って12000円余り。これは厳しいが、やむを得ない。

明日の癌検診

2014年12月18日 23時02分21秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 明日の癌検診の項目のひとつに依願がある。バリウムを飲んでのエックス線撮影ということで、22時以降の飲食は禁止。寝るまでは水または白湯。朝も7時までに200CCの水または白湯が許されるだけである。朝食もなし。8時には家を出ないといけない。結構つらい。
 ということで本日は早目に寝てしまいたい。
 この6種の癌検診後、13時からの講座「平安人物伝ー11世紀ー」に間に合うか、微妙なところである。平安後期に宋に渡った天台僧「成尋」の旅と当時の東アジア情勢についての講義がある予定。是非とも聞きたいと思っている。