警察の取調室は、三畳くらいの広さの、コンクリート壁に囲まれた殺風景な部屋だった。
机が真ん中にあるだけで他には何もなかった。
私の人生で、警察の取調室に入ったのは、この時が最初で最後(かどうかはわからないが)だった。
机を挟んで刑事と向かい合わせに座り、調書を取られた。
刑事は四十年配の人だった。
刑事がいろいろ質問し、私がそれに答え、刑事が調書に書き込んでいく。
「店で火の気のものといったら何がある?」
「まず、キャンドルがあります」
「キャンドル?それはどういうものだ」
と聞かれてキャンドルの説明をする。
それを聞いて、刑事が調書に書き込んでいく。
「キャンドルとは、直径3cm、長さ20cm程度の真鍮製の円形の筒の中にローソクを入れ、これに点灯し、短くなったものを下からバネで押し上げる構造となっており、外側にガラス製のホヤを取り付けてランプとし、これをテーブルに置いて灯りにすると同時に、客からの注文があった場合、女性接客従業員がこれを持ち上げて合図となし、男性従業員(ボーイ)を呼んで、注文の品物を持ってこさせるためのものであります」(もちろん、その時の正確な文章ではない)
こんな感じで、警察独特の文体で綴っていく。
「キャバレーなんて行ったことがないから、中がどうなっているかわからんよ」
などとぼやきながら。
この他に、おでんコーナーの様子、タバコの吸殻の後始末、楽屋の火の元の点検などについて詳しく聞かれた。
間に世間話も入れる。
「兄さんは、出身はどこだ?」
「種子島です」
「種子島?そいじゃ、おいと一緒じゃなっか。種子島はどこや?」
「○○です」
「そこに△△さんという家があるやろう?おいの親戚じゃ」
種子島出身というと、たいてい共通の知人がいるものだ。
「じゃあ、高校は××高校か?」
「はい」
「おいの後輩じゃなっか」
なんと、刑事は高校の先輩だった。
「キャバレーなんどでアルバイトしとっと、ろくでもないことになんど」
こういうところから打ち解け
「ここは殺風景で、寒うしていけんな。ぬくか(暖かい)部屋へ移ろう」
と言って、さんさんと太陽の光が差し込む一般の部屋に移って取調べを再開した。
取調べは9時から夕方の5時まで続いた。
昼食は出前のカツ丼だった。
最後に刑事が調書を読み上げ
「これでよかか」
と聞く。
間違っているわけではないが、私が話したことと微妙にニュアンスが違っているところもある。
しかし、あえて違っているとも言い切れず、サインをして拇印を押された。
こんな取調べが間を空けて3日あった。
アパートの家主は、しょっちゅうかかってくる警察からの電話に、不審の目を私に向けた。
火事の原因はなかなか特定できないまま時が過ぎ、そのうち私は就職で鹿児島を離れたのだった。