鹿児島の自然と食

鹿児島の豊かな自然(風景、植物等)、食べ物、史跡を紹介します。

卑弥呼神社他

2018-07-31 | 史跡

7月22日に、鹿児島神宮前の宮内原用水を紹介しましたが、これを上流へ行くと卑弥呼神社があります。

 

宮内原用水に架かる橋を渡ります。

 

橋を渡ってすぐ左に卑弥呼神社があります。

 

手押しポンプがありました。

 

横から見た卑弥呼神社。

 

拝殿です。

 

本殿。

 

卑弥呼の像です。

 

橋を渡ってまっすぐ進むと、石體(いわた)神社があります。

 

狛犬。

 

石體神社社殿。

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鳥越堀切と決湖碑

2018-07-30 | 史跡

池田湖の南岸にある鳥越堀切と決湖碑を紹介します。

 

唐船峡の東にある鳥越橋です。池田湖は、この右にあります。

 

鳥越橋から池田湖を見たものです。切れ込んでいますが、ここが鳥越堀切です。

 

安政4年(1857年)、二月田温泉に滞在した島津斉彬は、指宿が水利に乏しく田んぼが少ないことから、池田湖の水を灌漑用水とすることを考案しました。池田湖の壁(カルデラ壁)を開削して水を引くという計画です。

 

工事が始まりましたが、斉彬の死と明治維新で中断しました。明治5年に県令大山綱良が工事を再開し、明治9年に完成しました。

これは、最初の橋の下流に古い橋があり、そこから開削した水路を見たものです。なお、この水路に下りる道はありません。

 

隣に新しい鳥越隧道があり、この先の湖岸に取水施設があります。

 

水管の上に貯水池があり、池田湖の水を揚水して灌漑する施設と思われます。

 

下流に決湖碑があります。

 

決湖碑と案内板。後ろは開聞岳です。

 

決湖碑は明治9年に建てられました。この事業で池田湖の水が3m低下しました。

 

案内板にある工事の様子。トロッコで石を運搬し、水路の上に石のアーチが見えます。

 

決湖碑の隣の用水路。横断する水管の水は、先ほどの新しい灌漑施設から供給されているものでしょう。

 

決湖碑の上流にある古い水路と水門。

 

下流の田園風景を望む。斉彬の灌漑事業によって水田が拓かれたのです。

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尾下の棚田と田芋

2018-07-28 | 風景

池田湖の東岸にある尾下(おさがり)集落を訪ねました。

 

尾下から池田湖を望む。

 

前の写真の左。養殖いかだがあります。

 

岸では、鯉の養殖が行われています。

 

尾下の棚田です。

 

横から見た棚田。向こうが尾下集落です。

 

上から見た棚田。

 

棚田の一角に、尾下の田芋田の案内板があります。

 

田芋です。タロイモの仲間で、里芋に似ています。水のあるところで栽培され、小芋を食べずに親芋を食べます。

この地区には「オヤンカン」という風習があり、元日の朝に、大きな田芋を煮たものを、お世話になった親元と仲人に届けるものです。

 

近くに、田の神さあの案内板があります。

 

農道を登ると、石垣の上に田の神があります。

 

尾下の田の神です。

 

シキを被り袴を着けて、右手にメシゲ、左手にお椀を持っています。

 

棚田を見つめています。

 

田の神のところから、棚田と尾下集落を望む。

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徳光神社

2018-07-26 | 史跡

指宿市山川岡児ケ水にある徳光(とっこう)神社を紹介します。鹿児島にさつまいもを広めた前田利右衛門を祭る神社です。

 

これは以前紹介しましたが、山川港にある「さつまいも上陸地」の案内板です。

 

徳光神社です。

 

2つ目の鳥居をくぐって社殿へ向かいます。

 

前の写真の左にある「甘藷翁頌徳碑」。

 

境内です。

 

境内の石碑。

 

手水鉢です。

 

 

社殿の前の石灯籠。

 

徳光神社社殿。

前田利右衛門は岡児ケ水の人で、1705年に琉球に渡り、さつまいもの種を持ち帰って薩摩に広め、飢饉の時に人々の命を救いました。その後、青木昆陽によって全国に広がりました。

 

境内のソテツ。

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宮内の田の神他

2018-07-24 | 田の神

鹿児島神宮にある田の神を紹介します。

 

鹿児島神宮神田の前にある宮内の田の神です。

 

右手にメシゲ、左手にお椀を持った田の神舞姿の田の神です。

 

大きなシキを被っています。1781年に建てられました。鹿児島県指定民俗文化財です。

 

後姿。前は、鹿児島神宮新田です。

 

霧島市隼人町松永の宇都公民館にある田の神です。

 

石碑の隣にあります。

 

双体の田の神です。

 

隼人町姫城に山野温泉があり、その庭に田の神があります。

 

石碑と並んで田の神があります。

 

右手にメシゲを持っています。袖が立派です。

 

前の田の神の近くに姫城公園があり、そこにある田の神です。

 

かすれていますが、円の中に田之神と彫られています。

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鹿児島神宮のクスノキと石橋

2018-07-22 | 巨樹・古木

霧島市隼人町の鹿児島神宮へ行きました。

 

参道の両側に、2本のクスノキの巨木があります。

 

前の写真の右のクスノキ。

 

根元。

 

最初の写真の左のクスノキ。

 

石橋を渡って社殿へ行きます。

 

下流から見た石橋。

流れているのは宮内原用水で、取水口は天降川の水天渕、延長12kmです。1711年に工事が始まり、5年をかけて完成しました。

 

上流より見る。

 橋長:5.9m

 幅員:4.86m

 架設年代:不詳

 

社は雨之宮で、後ろに御神木のクスノキがあります。

 

御神木のクスノキ。樹齢約800年です。

 

下部。

 

近くにイチイガシの巨木があります。

 

立派な石灯籠の間を通って、社殿へ行きます。

 

鹿児島神宮拝殿です。

 

本殿。

 

天井絵馬です。

 

馬が飼われています。初午祭で装束を付けて練り歩く馬でしょう。

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伝・真田幸村の墓

2018-07-20 | 史跡

南九州市頴娃(えい)町雪丸に、真田幸村の墓と伝わるものがあります。雪丸集落に案内板があるので、これに従って行きます。

 

駐車場から茶畑と開聞岳を望む。墓はこの後ろです。

 

駐車場の横に水車があり、蛇口をひねって水を出すと回ります。

 

スタート地点です。

 

ここから山道を400m歩いていきます。

 

ヒノキ林の中を進みます。

 

杉林に代わり、100m毎に案内板があります。

 

足元が悪くなりました。

 

はんたゆいめど~(転ばないでくださいね)。

これぞエイ語?(頴娃語と英語をかけてこう言う)。

 

杉林の中の幸村の墓に着きました。

 

大坂夏の陣で敗れた幸村は、秀頼を守って薩摩に落ち延びた、という伝説があるそうです。

 

雪丸は幸村がなまったということです。そう言えば、雪の降らない南九州に雪の名がつく集落は珍しいです。

 

墓に丸い石が供えられています。

幸村の子を身ごもりながら添うことができず、大川に嫁いで男の子を産み、大川の海の石を供えた、という伝説があるそうです。

 

壺の周りにも、丸い石が供えられています。

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指宿の噴気帯

2018-07-18 | 風景

指宿市にある噴気帯を紹介します。

 

池田湖の北東の山中に湯之峯神社があります。

 

湯之峯神社社殿。

 

神社から細い道を進んでいきます。

 

地山がむき出しになった噴気帯があります。

 

蒸気が上がっているところもあります。

 

注意書きです。

 

穴から噴気が出ており、近づくと暑いです。この熱を利用して、料理ができます。

 

温泉が出ているところもあります。

 

斜面の下から見たものです。

 

蒸気が噴出しています。

 

岩石がカオリンなどの粘土鉱物に変質しています。これが陶器の白薩摩の原料になります。

地球の鼓動を感じる場所です。

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鳥越隧道

2018-07-16 | 史跡

指宿市と南九州市頴娃町の境にある、石造りトンネルの鳥越隧道を紹介します。土木遺産に指定されています。

 

指宿側の坑口です。

 

坑口の近景。幅はやや狭いですが、現役の県道のトンネルです。

 延長:84m  幅:4.5m  完成年:明治31年

 

内部。レンガアーチトンネルはありますが、石造りトンネルは珍しいです。

 

同じくらいの大きさの石が積まれた側壁。チョークで数字が書かれていますが、何かの調査をしたのでしょう。

 

アーチ部の石にも全て数字が書かれています。

支保工と地山の間の狭い隙間に石を積む必要があり、難しい工事だったと思われます。

 

反対側の頴娃側の坑口です。

 

近景。

 

こちらの側壁にも、数字が書かれています。

 

アーチ部。

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円率

2018-07-14 | エッセイ

小学生のとき、次のような文を読んだことがある。

ある小学生の理科の自由研究に関する文で、テーマは

「石は、川の上流から下流に行くに従って、どのように丸くなるのか」

というものだった。

川の上流から下流までたどって、石を拾ってくる。

石の丸さの程度を、お兄さんに教えてもらって「円率」という数値で表し、下流に行くに従って丸くなる過程を実証したのである。

 

ところで、円率とはなんだろう。

その文には、円率の具体的な式は書いていなかったし、私は円率なるものを習ったことがない。

おそらく、図形の面積と周長の関係で決まる値だと考えられる。

ネットで調べると、「円形度」というのがあり、これが上の円率に相当するものと思われる。

円形度=4πS÷L2    (Sは面積、Lは周長)

であり、やはり面積と周長の関係で決まる数値である。

真円が円形度=1.0であり、他の図形は1.0より小さくなる(正方形は0.79)。

 

その文には、石の面積と周長をどのように測定したのか書いていなかったが、小学生でもできる方法を考えてみよう。

まず、紙に石を置き、細い筆記具を垂直に立てて石の周囲をなぞる。

面積を求めるには、紙に書いた図形に小さな正方形の方眼をかぶせ、図形の中の正方形の数を数える。

図形の周辺は欠けた正方形になるが、その数の半分を前の数に加える。

その総数に正方形の面積をかければ図形の面積が求まる。正方形が小さいほど真の面積に近い。

周長を求めるには、紙に写した形に沿って、石に糸を巻きつけ、その長さを測ればよい。

 

それにしてもこの小学生は、発想といい、手法といい、高度な自由研究をやったと思わざるを得ない。

石の丸さの程度を、見た目ではなく数値で評価したところがえらい。

大人になったら、自然科学系の学者になったのではないだろうか。

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